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セレスの願い



 神官長室には静かな空気が流れていた。


 机の上には資料が広げられている。


『願いはなお残る』


 その一文。


 全員の視線がそこへ向いていた。


「願いが残るとして」


 リシュリーが口を開く。


「それは何の願いなのでしょうか」


 誰もすぐには答えなかった。


 初代聖女なのか。


 セレスなのか。


 それとも別の何かなのか。


 分からない。


 沈黙が落ちる。



 その時だった。


「決まってるだろ」


 ユリアがぽつりと呟いた。


 三人が顔を上げる。


 ユリア自身も驚いた顔をしていた。


 まるで。


 無意識に口から出たようだった。


「ユリア?」


 セリアが呼ぶ。


 ユリアは胸元を押さえた。


 また熱い。


 ここ数日続いている感覚。


 けれど今回は違った。


 言葉が浮かぶ。


 懐かしい声と一緒に。


「生きたい」


 部屋が静まり返る。


 ユリアはゆっくり顔を上げる。


「もっと生きたい」


 その言葉を聞いた瞬間。


 セリアの胸が大きく脈打った。


「ユリア……」


「覚えてる」


 掠れた声だった。


「最後に言ってた」


 十五年前。


 国心環の間で。


 泣きながら。


 震えながら。


 セレスは言った。


『死にたくない』


『もっと生きたい』


『来年も』


『再来年も』


『もっとずっと』


 ユリアは目を閉じる。


「一緒にいたいって」


 静かな声だった。


「オレと」


 セリアの視界が滲む。


 胸の奥が苦しい。


 悲しいわけじゃない。


 懐かしかった。


 どうしようもなく。


 懐かしかった。


 神官長も目を閉じる。


 覚えている。


 あの日のことは忘れられない。


 聖女ではなく。


 一人の少女として。


 セレスが初めて見せた本音だった。


「……そうか」


 神官長が小さく呟く。


 ようやく繋がった。


『願いはなお残る』


 残った願いとは。


 国を救いたいではない。


 人々を守りたいでもない。


 もっとずっと立派な願いを想像していた。


 だが違った。


 残ったのは。


 たった一つ。


 十八歳の少女の願い。


「ユリアと一緒に生きたい」


 セリアが口にする。


 その瞬間。


 ユリアの胸の奥から白い光が溢れた。


 今までで一番はっきりと。


 誰の目にも見えるほどに。


 部屋が白く照らされる。


 リシュリーが息を呑む。


 神官長も立ち上がった。


 ユリアの中に何かが残っている。


 それはもう疑いようがなかった。


 セリアは確信する。


 十五年前。


 セレスが最後に残した願い。




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