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残された願い



 翌日。


 神官長室には静かな空気が流れていた。


 誰もすぐには口を開かなかった。


 国心環の完全浄化。


 解除の鍵となる残された願い。


 十五年、変わらないユリア。


 それは皆が知っている事実だった。


 だが、あまりにも異常すぎて逆に誰も深く考えないようにしていた。


「……オレも不思議には思ってた」


 最初に口を開いたのはユリアだった。


「思ってた?」


 セリアが聞く。


 ユリアは小さく頷いた。


「怪我はする」


「疲れもする」


「腹も減る」


 そこまでは普通だ。


「でも変わらない」


 十五年前と。


 何も。


 声も。


 姿も。


 身体も。


 変わらなかった。


 神官長が目を閉じる。


 十五年前。


 セレスが亡くなった時。


 神官長は悲しみに飲まれていた。


 だから気付くのが遅れた。


 半年後。


 一年後。


 二年後。


 そこでようやく違和感を覚えた。


 ユリアだけが変わらない。


 時間から切り離されたように。


 取り残されている。


「神殿でも調べました」


 神官長が言う。


「記録も残っています」


 引き出しから一冊の帳簿を取り出す。


 古いものではない。


 十五年前以降の記録だった。


『護衛剣士ユリア』


『身体変化なし』


『老化の兆候確認できず』


 リシュリーが目を見開く。


「記録されていたんですか」


「はい」


 神官長は頷いた。


「ただ原因は不明でした」


 だから保留された。


 結論も出ないまま。


 十五年間ずっと。




 セリアは帳簿を見つめる。


 そしてあることに気付いた。


「待って」


 三人が顔を上げる。


「変だよ」


「何がですか?」


 リシュリーが聞く。


 セリアは少し考える。


 上手く言葉にならない。


 けれど。


 引っかかる。


「もし願いがユリアに残ったなら」


 神官長が息を呑む。


 セリアは続けた。


「それは誰の願い?」


 沈黙。


 答えは一つしかない。


 セレスだ。


 十五年前。


 最後に国心環を完全浄化した人。


 最後に接続した人。


 そして。


 最後に願いを残した人。


 セリアは無意識に胸元を押さえた。


 遠い記憶が揺れる。


 最後の瞬間。


 苦しかった。


 怖かった。


 死にたくなかった。


 もっと生きたかった。


 そして――


「……」


 そこで思考が止まる。


 胸が少し痛んだ。


 懐かしい痛みだった。


「セリア?」


 ユリアが声を掛ける。


 セリアは顔を上げる。


「大丈夫」


 そう言ったが。


 本当は違った。


 何かがあと少しで届きそうだった。



 記憶。


 感情。


 願い。


 全部。


 あと一歩で手が届きそうなのに。


 まだ見えない。



 神官長は静かに言った。


「もし仮説が正しいなら」


「解除が完了していない理由も説明できます」


 全員が神官長を見る。


「国心環は完全に浄化された」


「しかし最後の条件が満たされなかった」


 神官長の声は落ち着いていた。


「だから解除されなかった」


 リシュリーが小さく呟く。


「最後の条件……」


 神官長は頷く。


「そしてその鍵が」


 そこで言葉を切る。


 視線が向く。


 一人だけに。


 ユリアへ。


 部屋が静まり返った。


 ユリアは何も言わない。


 言えなかった。


 昨日から続く違和感。


 胸の奥の熱。


 消えないざわつき。


 全部が自分へ向いている気がした。


 そしてユリア自身も思う。


 もし。


 何かが残っているのだとしたら。


 それは十五年前からずっと。


 自分の中にあったのかもしれない。





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