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胸の奥



 翌朝。


 神官長は一人で書庫にいた。


 昨日見つけた資料。


『最後に残された願いを――』


 その一文が頭から離れなかった。


 解除の儀。


 完全浄化。


 最後に残された願い。


 欠けた文章の続きを探すため、神官長は神殿創設期の記録をもう一度広げていた。


 初代聖女本人の記録ではない。


 当時の神官が残した観測記録。


 国心環の状態。


 災害対応。


 接続の変化。


 それらが淡々と記されている。


 しばらく読み進めたところで。


 神官長の手が止まった。


『聖女崩御』


『環はなお存続』


『解除の儀未完』


 神官長は息を呑む。


 さらに下。


 かろうじて読める文字があった。


『願いはなお残る』


「……願い」


 小さく呟く。


 続きの文字は欠けている。


 だが、昨日の記録と繋がっている気がした。


『最後に残さ た願 を――』


『願いはなお残る』


 もし。


 本当にそうなら。


 初代聖女は完全に終われなかった。


 そして。


 セレスも。


 神官長は目を閉じる。


 十五年前。


 国心環は完全に浄化された。


 それなのに、解除は起こらなかった。


 あの日からユリアの時間は止まった。


 偶然とは思えない。


 まだ証拠はない。


 だが。


 何かが繋がり始めていた。



 同じ頃。


 セリアは国心環の間へ向かっていた。


 理由は自分でも分からない。


 ただ、昨日から胸の奥が落ち着かなかった。


「一人で行くな」


 背後から声がする。


 振り返らなくても分かる。


 ユリアだった。


「来ると思った」


「なら最初から呼べ」


「心配性」


「お前が無茶をするからだ」


 セリアは少し笑った。


 二人で階段を下りる。


 国心環の間は静かだった。


 巨大な環は白く沈黙している。


 完全に穢れているわけではない。


 けれど、まだ眠ってもいない。


 どこか中途半端な状態だった。


 セリアはゆっくり近付く。


 昨日見た消えない糸。


 国心環とリシュリーを繋ぐ糸。


 それはまだ残っていた。


 細く。


 弱々しく。


 けれど確かに。


「やっぱり残ってる」


「見えるのか」


「うん」


 セリアは頷く。


 そのまま国心環を見上げる。


 接続解除。


 最後に残された願い。


 ユリアの胸の反応。


 全部が頭の中で絡まっていた。


 その時だった。


「……え」


 セリアの視線が止まる。


 国心環ではない。


 リシュリーの糸でもない。


 ユリア。


 ユリアの胸の奥。


 ほんの一瞬だけ。


 白い光が見えた。


 細く。


 温かく。


 懐かしい光。


「セリア?」


 ユリアが眉をひそめる。


 セリアは答えられない。


 もう一度見ようとする。


 だが。


 消えていた。


 何も見えない。


 気のせいだったのかもしれない。


 でも。


 違う。


 あれは白い糸だった。


「今……」


「何だ」


「ユリアから見えた」


 ユリアの表情が変わる。


「オレから?」


 セリアは小さく頷く。


「一瞬だけ」


 胸がざわつく。


 国心環ではなく。


 リシュリーでもなく。


 ユリアの中に。


 何かがある。


 そう思った瞬間。


 昨日の文字が頭に浮かんだ。


『最後に残された願いを――』


 セリアはユリアを見る。


 ユリアも何も言わなかった。


 けれど。


 二人とも分かっていた。


 探している答えは。


 国心環の中だけにあるわけではないのかもしれない。

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