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最後に残ったもの



 書庫での調査は夕方まで続いた。


 だが決定的な資料は見つからない。


 接続解除が存在したことは分かった。


 初代聖女はそれを行う予定だったことも。


 けれど。


 肝心の方法だけが残っていない。


「都合よくそこだけないんですね」


 セリアが椅子の背にもたれた。


「数百年も前の記録ですから」


 リシュリーが苦笑する。


「失われても不思議ではありません」


 神官長も頷いた。


「むしろ、これだけ残っていた方が奇跡でしょう」


 確かにその通りだった。


 それでも。


 あと一歩届きそうなのに届かない。


 そんなもどかしさがあった。



 神官長は最後の資料束へ手を伸ばす。


 かなり傷んでいる。


 紙も薄い。


 少し力を入れれば破れてしまいそうだった。


「これは……」


 神官長の眉が動く。


 三人も自然と身を乗り出した。


 古い筆跡。


 ほとんど消えかけている。


 それでも断片的に読むことはできた。


『解 の儀』


『 の浄化完 後――』


 そこから先は欠けている。


 さらに下。


 かろうじて残っていた一文があった。


『最後に残 れた願 を――』


 そこで文章は途切れていた。


 部屋が静まり返る。


「願い?」


 リシュリーが首を傾げる。


「人々の願いでしょうか」


「分かりません」


 神官長は首を振った。


「続きがありません」


 セリアはその一文を見つめる。


 最後に残された願い。


 妙に引っかかった。


 何か大切な気がする。


 けれど分からない。


 その時だった。


「……っ」


 小さく息を呑む音がした。


 セリアが振り返る。


 ユリアだった。


 胸元を押さえている。


「ユリア?」


「どうしたんですか?」


 リシュリーも心配そうに見る。


 ユリアは自分でも困惑したような顔をしていた。


「分からない」


 正直に答える。


 胸の奥が熱い。


 痛みではない。


 苦しくもない。


 だが妙な感覚だった。


 まるで何かが反応したような。


『最後に残 れた願 を――』


 その言葉を見た瞬間からだった。


「本当に大丈夫?」


 セリアが覗き込む。


「大丈夫だ」


 そう答える。


 けれど。


 視線は自然と資料へ戻っていた。


 理由は分からない。


 ただ。


 どうしても気になった。


 

 神官長は黙ってその様子を見ていた。


 十五年前。


 セレスが亡くなった日。


 国心環は完全に浄化された。


 本来ならあり得ない奇跡だった。


 そして。


 あの日からユリアの時間は止まった。


 老いない身体。

 

 変わらない姿。


 神殿にも説明できない現象。


 偶然とは思えなかった。


 それ以上は分からない。


 推測だけで口にするには材料が足りなかった。


「……今日はここまでにしましょう」


 神官長が資料を閉じる。


 窓の外は赤く染まり始めていた。


 誰も反対しなかった。


 疲労も溜まっている。


 考えることも多すぎた。


 片付けを始める。


 その間も。


 ユリアは何度か胸元へ手を当てていた。


 熱はもう消えている。


 けれど。


 何かが引っかかる。


 そんな感覚だけが残っていた。



 


 書庫を出た帰り道。


 夕焼けが石畳を赤く染めていた。


 セリアはユリアの隣を歩く。


「本当に大丈夫?」


 今日三度目の確認だった。


「大丈夫だ」


 返事も三度目だった。


 セリアは納得していない顔をする。


 ユリアは小さく笑った。


「心配しすぎだ」


「だって変だったし」


「オレにも分からん」


 それが本音だった。


 説明できない。


 ただあの言葉を見た時だけ。

 

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