最初の記録
翌日。
セリアは朝から書庫にいた。
神官長もいる。
リシュリーもいる。
そしてユリアも当然のように付いてきていた。
「ユリアは別に来なくてもよかったんじゃない?」
「来る」
即答だった。
セリアは苦笑する。
反論するだけ無駄だった。
机の上には神官長が集めた各地から送られてきた大量の古文書が並んでいた。
神殿創設期の記録。
初代聖女に関する資料。
断片的に残された報告書。
どれも古く、状態も良くない。
「慎重に扱ってください」
神官長が言う。
「現存する唯一の資料もあります」
リシュリーが真剣な顔で頷いた。
しばらくは黙々と資料を読む時間が続いた。
古い文字。
読みにくい言い回し。
途切れた文章。
なかなか進まない。
「難しい……」
セリアが小さく呻く。
「昔の文章だからな」
ユリアが言う。
「それだけじゃありません」
リシュリーが資料を見ながら答えた。
「欠損も多いです」
確かにそうだった。
破れた箇所も多い。
肝心な部分ほど失われている。
その時だった。
「あれ?」
セリアの手が止まる。
三人が顔を上げた。
「何かありましたか?」
神官長が尋ねる。
セリアは一枚の資料を見つめていた。
「これ……」
妙だった。
初代について書かれている記録。
だが。
今まで知っていた内容と少し違う。
「何がだ?」
ユリアが覗き込む。
セリアは文字を指差した。
「聖女って書いてない」
部屋が静かになる。
神官長が近付いた。
リシュリーも身を乗り出す。
そこに記されていたのは。
『環を支える者』
『願いを浄める者』
『民の苦しみを受け取る者』
という言葉だった。
聖女という名称はどこにもない。
「……初めて見ます」
リシュリーが呟く。
神官長も眉をひそめていた。
さらに読み進める。
すると。
セリアの目がある一文で止まった。
『後継継承未定』
「え?」
思わず声が出る。
もう一度読む。
見間違いではない。
『後継継承未定』
『一代限りを想定』
空気が変わった。
「一代限り……?」
リシュリーが呟く。
神官長は黙ったまま資料を受け取る。
何度も読み返す。
だが内容は変わらない。
「そんなはずは……」
神官長の声にも困惑が滲んでいた。
今の神殿では当たり前になっている。
聖女がいて。
後継者を育てて。
次へ繋ぐ。
それが当然だった。
だが。
この記録には違うことが書かれている。
セリアは静かに考える。
もし。
本当に一代限りだったなら。
なぜ今まで続いているのだろう。
なぜ後継者制度が生まれたのだろう。
なぜ歴代聖女は皆、
『次の時代へ繋げる』
と言い残したのだろう。
その時。
神官長の手が別の資料を引き寄せた。
かなり古い記録だった。
文字の多くが消えかけている。
慎重に目を通す。
そして。
神官長の表情が変わった。
「神官長?」
セリアが顔を上げる。
神官長は資料を見つめたまま言った。
「死亡直前まで活動記録があります」
神官長は続ける。
「ですが」
ページをめくる。
その先がない。
記録が途切れている。
まるで。
途中で終わったように。
セリアは無意識に拳を握った。
一代限り。
後継継承未定。
何かがおかしい。
いや。
何かが失われている。
そんな気がした。
「続きを探しましょう」
神官長が静かに言う。
「初代聖女に何が起きたのか」
「なぜ今の制度になったのか」
セリアは頷いた。
胸の奥がざわついている。
もしかしたら。
歴代聖女が知らなかった真実が。
ここに残っているかもしれない。
そして。
誰も犠牲にならない未来へ繋がる答えも。




