伸びた時間
神官長室には沈黙が落ちていた。
リシュリーは何度も考える。
だが答えは出ない。
白い糸が見える。
浄化できる。
しかも負荷がない。
どう考えても異常だった。
「……おかしいです」
ようやく絞り出した言葉だった。
「おかしいな」
ユリアが即座に同意する。
「私もそう思います」
セリアも頷いた。
だから困っているのだ。
「セレスだった頃は違いました」
その言葉にリシュリーが顔を上げる。
「違ったんですか?」
「はい」
セリアは自分の手を見る。
十五年前。
いや。
十八歳で死ぬまでの日々を思い出す。
「浄化をすれば負荷を受けました。身体も蝕まれました。だから、死にました」
リシュリーは無意識に自分の手首を押さえた。
赤い痕が目に入る。
怖い。
けれど今は黙って聞く。
「今の私は違います」
セリアは続けた。
「同じことをしているのに何も起きません。その理由が分からないんです」
神官長が静かに息を吐く。
「一つだけあります」
三人の視線が集まる。
「可能性の話ですが」
神官長はゆっくり言葉を選んだ。
「セレス様が国心環を完全浄化したことです」
リシュリーが眉をひそめる。
「完全浄化?」
「はい」
神官長は頷いた。
「セレス様が亡くなった時」
「国心環は空になりました。何百年分もの負荷が消えたのです」
リシュリーは黙って聞く。
「本来なら」
神官長は続ける。
「聖女様の寿命はもっと短かった」
部屋が静まり返る。
「え?」
リシュリーが小さく声を漏らした。
「もっと短かった?」
「歴代聖女の記録を見る限り」
「二十歳前後で亡くなる方が大半です」
リシュリーは言葉を失った。
二十歳。
今の自分より十年以上若い。
信じられなかった。
「ですが、あたしは三十を過ぎています」
「はい」
神官長は頷く。
「だからこそ異常なのです」
リシュリーは理解する。
いや、理解したくなかった。
つまり。
自分が今まで生きてこられたのは。
偶然ではない。
「セレス様が……」
声が震える。
「あたしの寿命を延ばしたんですか」
神官長は答えなかった。
だが否定もしなかった。
それが答えだった。
リシュリーは俯く。
膝の上で手を握り締める。
知らなかった。
本当に何も。
自分が聖女になった時には。
もうセレスはいなかった。
だから知らなかった。
その人がどれほどのものを残したのか。
「違います」
静かな声が響く。
セリアだった。
リシュリーが顔を上げる。
「私が延ばしたわけじゃありません」
「でも……」
「私はただ」
少し困ったように笑う。
「みんなに生きてほしかっただけです」
その言葉が。
どうしようもなくセレスらしくて。
リシュリーは涙を堪えられなかった。
自分のためじゃない。
見返りでもない。
誰かに感謝されるためでもない。
ただ生きてほしかった。
その願いだけで、この人は死んだのだ。
「本当に」
涙が零れる。
「本当に……敵いません」
リシュリーは呟いた。
自分ならそこまでできただろうか。
誰かのために命を懸けられただろうか。
分からない。
セリアは意味が分からず首を傾げる。
ユリアもまた、その言葉の意味を深く考えなかっ た。




