見えていたものは
神官長室には静かな空気が流れていた。
リシュリーはようやく涙を拭く。
まだ整理はついていない。
けれど。
少しだけ落ち着いてきていた。
「方法を探すと言いましたけど」
リシュリーが口を開く。
「何か心当たりがあるんですか?」
セリアは首を横に振った。
「まだありません」
正直な答えだった。
「ですが」
そこで言葉を切る。
「分からないことはあります」
神官長が頷く。
「私も同意見です」
リシュリーは二人を見比べた。
「分からないこと?」
「はい」
セリアは自分の手を見る。
昔から見慣れた手。
けれど。
セレスだった頃とは違う。
「私は今も白い糸が見えます」
リシュリーが固まった。
「……白い糸?」
知らない。
当然だった。
今まで誰も話していない。
「リシュリーさんは見えないんですか?」
思わず聞き返してしまう。
「見えません」
リシュリーは首を横に振った。
そして少し考える。
「いえ……」
記憶を探る。
「国心環へ接続している時だけは見えます」
部屋が静かになる。
セリアと神官長が視線を交わした。
予想通りだった。
「聖女はそうです」
神官長が答える。
「接続中のみ視認できます」
「ではセリアさんも……」
「私は常に見えます」
リシュリーは言葉を失った。
「常に?」
「はい」
当然のように言われる。
全く当然ではない。
「昔からです」
セリアは続ける。
「村にいた頃から」
「え?」
リシュリーは完全に混乱した。
聖女ではない。
接続もしていない。
なのに見える。
意味が分からない。
「神官長様は知っていたんですか」
「知っています」
即答だった。
「むしろ私が協力をお願いしていました」
「協力?」
リシュリーは神官長を見る。
神官長は机の上で手を組んだ。
「セリアさんは白い糸に触れると消せるのです」
沈黙。
リシュリーは数回瞬きをした。
「消せる?」
「はい」
「浄化できます」
セリアが答える。
あまりにも普通に。
まるで散歩の話でもするように。
「え?」
リシュリーの思考が止まる。
「え?」
もう一度言った。
セリアは困ったように笑う。
「私もよく分からないんですけど」
「よく分からないんですけどじゃありません!」
思わず声が大きくなる。
初めてだった。
リシュリーがこんな反応をしたのは。
「それ、聖女の力じゃないですか!」
セリアは黙った。
神官長も黙った。
ユリアだけが小さくため息を吐く。
「オレも最初そう思った」
「思いますよ!」
リシュリーは立ち上がりそうになる。
「何ですかそれ!」
「だから説明できないんです」
セリアは苦笑した。
「気付いたら見えていましたし」
「気付いたらで済ませないでください!」
神官長が咳払いする。
少しだけ空気が和らいだ。
だが、リシュリーの表情はすぐ真面目なものへ戻る。
「待ってください」
ゆっくり座り直す。
「それなら、セリアさんは今も浄化できるんですか」
「できます」
「負荷は?」
その問いに。
部屋が静かになった。
セリアは首を横に振る。
「ありません」
「……え?」
「ありません」
もう一度繰り返す。
リシュリーは理解できなかった。
なぜなら。
自分の腕には赤い痕がある。
それなのに。
目の前の少女は。
浄化を行っても何も起きないと言う。
まるで。
自分だけが別の法則で生きているみたいに。
そしてセリア自身も、その理由を知らなかった。




