セレスの記憶
神殿の奥。
普段は神官ですらあまり立ち入らない区域だった。
静かな廊下を歩く。
セリアは少し緊張していた。
神官長が先を行き。
ユリアは後ろから付いてくる。
誰も話さない。
足音だけが響いていた。
やがて神官長が立ち止まる。
「ここです」
目の前には一枚の扉。
特別豪華なわけではない。
けれど。
なぜだろう。
見た瞬間。
胸が苦しくなった。
「……」
神官長が鍵を差し込む。
金属音が響く。
そして。
扉が開いた。
「どうぞ」
セリアはゆっくり中へ入る。
その瞬間だった。
懐かしい。
息が止まりそうになる。
知らないはずなのに。
知っている。
この部屋を。
窓の位置も。
机の場所も。
鏡台も。
本棚も。
全部。
「っ……」
思わず壁へ手をつく。
「セリア」
ユリアの声が聞こえる。
大丈夫です、と言おうとして。
言葉が出なかった。
懐かしい。
帰ってきた。
そんな感覚が強すぎた。
ゆっくり部屋を見回す。
机。
そこに積まれていた書類。
一瞬だけ。
夜遅くまで書類と格闘する自分の姿が見えた。
消える。
本棚。
並んだ本。
何冊か手に取った記憶がある。
消える。
そして。
鏡台。
視線が吸い寄せられる。
気付けば歩いていた。
「……あれ」
どうしてだろう。
鏡台の前へ立つ。
何の迷いもなく。
引き出しへ手を伸ばした。
そこで初めて気付く。
どうして私は。
この引き出しを知っているのだろう。
震える手で取っ手に触れる。
開く。
その瞬間。
頭の奥で何かが弾けた。
『ユリア、見て』
鏡の前。
長い黒紫の髪。
耳には青い耳飾り。
『似合う?』
振り返る。
後ろには。
水色の髪の女性。
『似合う』
『早い』
『聞く前から答えは決まってた』
『ひいきだ』
『恋人だからな』
笑い声。
楽しそうな声。
幸せだった時間。
「……っ」
涙が溢れる。
知っている。
これは夢じゃない。
想像でもない。
私の記憶だ。
私が見た景色だ。
私が笑った時間だ。
鏡台に手をつく。
息が苦しい。
胸が痛い。
それでも目を離せない。
頭の中に次々と記憶が流れ込んでくる。
書類を片付ける夜。
中庭で笑う時間。
祭り。
焼き菓子。
青い耳飾り。
そして。
いつも隣にいた人。
「ユリア……」
自然に名前が零れる。
敬称は付かなかった。
昔からそう呼んでいたみたいに。
いや。
実際に呼んでいたのだ。
ユリアが息を呑む。
セリアはゆっくり振り返る。
涙で視界が滲んでいた。
「私……」
声が震える。
まだ全部じゃない。
でも。
一つだけ。
はっきり分かることがあった。
「この部屋」
胸の奥から言葉が溢れる。
「私の部屋です」
静寂が落ちた。
神官長は目を閉じる。
ユリアは何も言わない。
ただ。
震えるように握られた拳だけが。
十五年間待ち続けた時間を物語っていた。




