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思い出したい



 神官長室。


 セリアは湯飲みを両手で包みながら俯いていた。


 頭痛は治まっている。


 けれど胸のざわつきは消えなかった。


 言葉を探しながら話す。


「青い耳飾りがあって」


 隣に座るユリアの肩がわずかに動いた。


「それを見て……」


 胸の奥が苦しくなる。


「ユリアさんの瞳に似てるって」


 


 部屋が静かになった。


「私が言ったんです」


 確信があった。


 誰かに聞いたわけじゃない。


 想像したわけでもない。


 自分で言った。


 あの耳飾りを見て。


 笑って。


 そう言った。


「でも覚えてないんです」


 唇を噛む。


「知ってるのに」


 涙が滲んだ。


「私の記憶なのに」


 神官長は静かに話を聞いていた。


 

 やがて穏やかな声で尋ねる。


「思い出したいですか?」


 セリアは顔を上げる。


 怖い。


 もし全部思い出したら。


 今の自分が消えてしまうんじゃないか。


 そんな不安もあった。


 それでも。


「思い出したいです」


 答えは決まっていた。


 市場のことも。


 耳飾りのことも。


 


 そして。


 どうして自分があんな顔でユリアを呼んだのかも。


 知りたかった。


 


 神官長は小さく頷く。


「そうですか」


 少しだけ考える。


 そして。


「でしたら、一つ心当たりがあります」


 セリアが瞬きをした。


「心当たり?」


「はい」


 神官長は静かに続ける。


「先代聖女の部屋です」


 空気が止まった。


 

 セレス。

 先代聖女。



 ユリアが今も忘れられない人。


 そして最近、自分の記憶の中へ何度も現れる少女。



「部屋……」


 思わず呟く。


 神官長は頷いた。


「今も残っています」


「え?」


「十五年間、そのままです」



 セリアは驚いてユリアを見る。


 ユリアは何も言わない。


 だが。


 その沈黙だけで十分だった。



 どれだけ大切に守られてきた場所なのか。


 伝わってくる。


「入ってもいいんですか?」


 少し不安になって尋ねる。


 神官長は微笑んだ。


「本来なら許可が必要ですね」


 そう言って。


 隣のユリアを見る。


「管理しているのはユリア殿ですから」


 セリアもユリアを見る。


 視線が集まる。


 ユリアはしばらく黙っていた。


 やがて小さく息を吐く。


「好きにしろ」


 短い返事だった。


 拒絶ではなかった。


 セリアは少しだけ胸を撫で下ろす。


「ありがとうございます」


 ユリアは返事をしない。


 ただ窓の外へ視線を向けていた。


 神官長が立ち上がる。


「では案内しましょう」


 セリアも立ち上がる。


 胸が少しだけ早く鳴っていた。


 


 怖い。


 でも。


 知りたい。


 自分が何者なのか。


 なぜあの耳飾りを知っているのか。


 なぜユリアの名前を自然に呼べたのか。



 神官長が扉へ向かう。


 ユリアも静かに立ち上がった。


 三人は神官長室を出る。


 


 神殿の奥へ。


 十五年間、時が止まったままの部屋へ向かって。




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