面倒な感情
昼下がりの中庭。
風が木々を揺らしていた。
ユリアはベンチへ腰掛け、ぼんやりと空を見上げる。
今日は護衛任務の合間の休憩だった。
静かだ。
本来なら落ち着く時間。
そのはずだった。
だが。
「ユリアさん」
聞き慣れた声がした。
顔を向ける前から誰か分かる。
少しして隣へ人の気配が増える。
自然な動作だった。
まるで最初からそこが自分の席だと言うように。
「休憩ですか?」
「ああ」
「私もです」
違うだろう、と一瞬思う。
だが口には出さない。
言っても意味がない。
どうせ居座る。
分かりきっていた。
そして。
追い払う気もなかった。
そこまで考えて。
ユリアは小さく眉をひそめる。
面倒だな。
最近そう思うことが増えた。
もちろんセリアに対してではない。
自分自身に対してだ。
巡礼へ出る前なら。
ここまで考えなかった。
隣にいても。
話していても。
ただそれだけだった。
なのに今は違う。
隣にいることを意識してしまう。
声が聞こえると安心する。
楽しそうに笑っていると目が向く。
そして。
それを認めたくない自分がいる。
「どうかしました?」
「別に」
即答だった。
セリアは納得していない顔をする。
だが追及はしなかった。
代わりに中庭を見回している。
ふと。
セリアの視線が止まる。
「ありました」
小さな声。
ユリアには見えない。
だが何を見付けたのかは分かる。
白い糸だ。
セリアは立ち上がり、周囲を確認する。
近くに人はいない。
そのまま歩き出し、空中へ手を伸ばした。
何かに触れる。
そして戻ってくる。
「終わりました」
「ああ」
短いやり取り。
今では当たり前になっていた。
神官長と共有した秘密。
他の誰も知らない。
知られてはいけない。
セリア自身も、その行為が何を意味するのかは理解していない。
ただ。
見付けたら触る。
それだけだ。
「最近多いですね」
セリアがぽつりと言う。
「そうなのか」
「前より見付ける気がします」
ユリアは少し考える。
神官長が時々難しい顔をしていた理由を思い出す。
国心環の蓄積量。
浄化。
その辺りの話だろう。
だが今は聞かない。
聞けばセリアも余計なことを考える。
そんな気がした。
風が吹く。
セリアの髪が揺れる。
陽射しを受けて光る横顔。
ユリアは視線を逸らした。
面倒だ。
本当に。
面倒だ。
昔ならもっと単純だった。
守る。
それだけでよかった。
だが今は違う。
守りたいと思う。
笑っていてほしいと思う。
そして。
それ以上の感情が生まれ始めていることに気付いている。
だから面倒だった。
「ユリアさん?」
「何だ」
「難しい顔してます」
「お前には言われたくない」
「ひどいです」
セリアは笑う。
ユリアも小さく息を吐いた。
結局。
こうして隣にいる時間は嫌いじゃない。
それが一番面倒な問題だった。




