変なやつ
目を逸らせなかった。
それは一瞬だった。
本当に一瞬。
風に揺れる髪。
陽射しの中で笑う横顔。
ただそれだけ。
ただそれだけなのに。
「ユリアさん?」
不思議そうな声が聞こえる。
ユリアは我に返った。
「何だ」
「呼んだのに返事しなかったです」
「聞こえてる」
「じゃあ返事してください」
面倒だった。
セリアは不満そうに頬を膨らませる。
その顔を見て。
ユリアはふと思う。
表情がころころ変わる。
喜ぶ。
拗ねる。
笑う。
落ち込む。
忙しい。
セレスは違った。
感情を隠すのが上手かった。
聖女だったからかもしれない。
人前では特に。
もちろん笑うこともあった。
怒ることもあった。
けれど。
セリアほど分かりやすくはなかった。
「どうしたんですか?」
また聞かれる。
「別に」
いつもの返事。
セリアは納得していない顔をした。
「最近変です」
「誰がだ」
「ユリアさんです」
即答だった。
「巡礼から帰ってきてから変です」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないです」
言い切られた。
ユリアはため息を吐く。
こういうところだ。
変に鋭い。
普段は鈍いのに。
妙なところだけ気付く。
「前より優しいです」
「変わらん」
「変わりました」
「変わらん」
「変わりました」
終わらない。
いつものことだった。
セリアは少し笑った。
「でも好きです」
さらりと言う。
ユリアの動きが止まる。
「……」
「……?」
本人は無自覚だった。
好き。
その言葉を。
何のためらいもなく使う。
「お前な」
「はい」
「そういうことは簡単に言うな」
セリアは首を傾げる。
「好きなものを好きって言っちゃ駄目ですか?」
「そういう意味じゃない」
頭が痛い。
本当に。
セリアはしばらく考える。
そして。
「じゃあ好きな人を好きって言うのは?」
今度はわざとだった。
絶対にわざとだった。
ユリアは無言になる。
セリアは笑う。
楽しそうに。
いたずらが成功した子供みたいに。
「変なやつだな」
ぽつりと漏れる。
呆れ半分。
諦め半分。
そして。
少しだけ愛しさが混ざった声だった。
もちろん本人は気付いていない。
「よく言われます」
セリアは胸を張る。
自慢することではない。
「褒めてない」
「知ってます」
即答。
ユリアは小さく笑った。
本当に小さく。
セリアは目を丸くする。
「あ」
「何だ」
「今笑いました」
「笑ってない」
「笑いました」
見られていた。
逃げられない。
ユリアは視線を逸らす。
セリアは嬉しそうだった。
まるで珍しいものを見付けたみたいに。
そんな様子を。
少し離れた回廊から神官長が見ていた。
「……」
穏やかに目を細める。
焦る必要はない。
まだ時間はかかるだろう。
だが。
少なくとも一つだけ確かなことがある。
十五年間。
ユリアがこんな顔で笑うところを。
神官長はほとんど見たことがなかった。
だから。
静かに空を見上げる。
春の風が吹いていた。




