膝枕
休日だった。
正確には半日だけ空いた休日だった。
聖女に完全な休日など存在しない。
それでも午前中に予定が終わり、午後から自由になっただけで十分だった。
「やったー」
とセレスは言った。
聖女らしくない歓声だった。
「そんなに嬉しいか」
ユリアが聞く。
「嬉しい」
即答だった。
「今日は何もしなくていいんだよ?」
「何かしそうだが」
「しない」
「本当か」
「たぶん」
「するな」
ユリアはため息を吐く。
最近その会話ばかりだった。
だがセレスは楽しそうだ。
午後の日差しが部屋に差し込む。
暖かい。
風も穏やかだった。
「眠い」
ソファへ腰掛けたセレスが呟く。
「寝ろ」
「うん」
素直だった。
珍しい。
ユリアは少し警戒する。
素直な時ほど何かある。
「ユリア」
「なんだ」
「膝」
「嫌だ」
「なんで」
「お前が素直すぎる」
「失礼」
セレスは頬を膨らませた。
「今日は本当に眠いだけ」
「信用がない」
「ひどい」
「日頃の行いだ」
反論できない。
少しだけ心当たりがあった。
「お願い」
セレスが両手を合わせる。
「一回だけ」
「前も聞いた」
「今回は本当に一回」
「前回もそう言った」
「今回は本当」
ユリアは黙る。
セレスはじっと見つめる。
数秒。
沈黙。
「……五分」
「やった!」
勝った。
そんな顔だった。
ユリアは少し後悔した。
だがもう遅い。
ソファへ腰掛ける。
するとセレスは迷いなく横になった。
慣れた動きだった。
当然のようにユリアの膝へ頭を乗せる。
「重くない?」
少しだけ見上げながら聞く。
「軽い」
ユリアは即答した。
「ならよかった」
セレスは満足そうに目を閉じた。
すぐには眠らない。
ただ心地良さそうだった。
「ねえ」
「なんだ」
「昔は嫌がったよね」
ユリアは思い出す。
確かにそうだった。
付き合い始めた頃。
こういう距離感に慣れていなかった。
手を繋ぐだけで緊張していた。
「そうだな」
「今は?」
「慣れた」
「本当に?」
「本当だ」
セレスは少し笑った。
「私は今も嬉しい」
「そうか」
「うん」
正直だった。
そういうところが好きだとユリアは思う。
思うだけで言わない。
言うと調子に乗るからだ。
「ユリア」
「なんだ」
「髪触って」
「子供か」
「違う」
「違うか?」
「違う」
即答だった。
だが膝枕を要求し、髪を撫でろと言う大人もどうかと思う。
ユリアはそう考えた。
考えただけだった。
結局指を伸ばす。
黒紫の髪をそっと撫でる。
さらりと指が通る。
「ん……」
セレスが目を細めた。
気持ち良さそうだった。
猫みたいだな、とユリアは思う。
口には出さない。
怒られるから。
「ユリア」
「ん」
「今、変なこと考えた?」
「考えてない」
「考えた顔だった」
「気のせいだ」
「怪しい」
目を閉じたまま言う。
説得力はなかった。
しばらく沈黙が続く。
穏やかな時間だった。
風が吹く。
カーテンが揺れる。
鳥の声が遠くから聞こえた。
「ねえ」
セレスがぽつりと呟く。
「なんだ」
「私、幸せだよ」
ユリアの手が止まる。
突然だった。
「急だな」
「そう?」
「ああ」
セレスは目を開ける。
真上にはユリアの顔。
少し不思議な角度だった。
「だって今思ったから」
笑う。
柔らかく。
「聖女になって良かった」
その言葉に嘘はなかった。
大変なこともある。
苦しいこともある。
泣きたくなる日もある。
でも。
「みんな優しいし」
ひとつ。
「神殿も好きだし」
ふたつ。
「お菓子も食べられるし」
「そこか」
「大事」
セレスは真顔だった。
ユリアは少し笑う。
そして。
「あと」
セレスが続けた。
少しだけ照れながら。
「ユリアにも会えたから」
静かな声だった。
けれど。
ユリアには十分すぎるほど届いた。
「……そうか」
「うん」
「オレもだ」
短い返事。
でもセレスは嬉しそうだった。
「よかった」
そう言って再び目を閉じる。
今度こそ眠気が来たらしい。
呼吸がゆっくりになる。
「セレス」
「んー……」
もう半分眠っていた。
「寝るなら寝ろ」
「うん……」
「風邪ひくなよ」
「うん……」
返事が曖昧になる。
数分後には完全に寝息へ変わっていた。
ユリアは小さく息を吐く。
そしてもう一度だけ髪を撫でた。
眠るセレスは無防備だった。
聖女の顔ではない。
恋人の顔だった。
「まったく」
小さく呟く。
返事はない。
当たり前だ。
それでもユリアの表情はどこか穏やかだった。
膝の上の重みは軽い。
けれど不思議と心地良い。
セレスが目を覚ますまで、もう少しこのままでいてもいいかもしれない。
ユリアはそう思いながら、静かに窓の外を眺めた。




