懐かしい味
巡礼が始まって三日。
神殿はいつも通りだった。
鐘が鳴り。
神官達が働き。
参拝客が訪れる。
何も変わらない。
何も。
「……」
セリアは中庭のベンチへ腰掛けた。
見慣れた景色。
聞き慣れた音。
それなのに。
どこか物足りない。
理由は分かっている。
ユリアがいない。
三日前まで。
ここへ来れば会えた。
話せた。
隣を歩けた。
今はいない。
巡礼へ行っているのだから当然だ。
「長い……」
思わず呟く。
まだ三日しか経っていない。
それなのに。
本当に長く感じた。
「セリアさん」
神官に声を掛けられる。
「こんにちは」
「最近元気ないですね」
即座に言われた。
そんなに分かりやすいのだろうか。
「そうですか?」
「そうです」
断言された。
否定できなかった。
神官は苦笑する。
「体調には気を付けてくださいね」
「はい」
素直に頷いた。
◇◇◇
帰り道。
村へ戻る途中だった。
道端に小さな露店が出ている。
焼き菓子の店だった。
甘い香りが漂う。
「……」
何となく足が止まる。
懐かしい。
どうしてだろう。
分からない。
けれど懐かしい。
並べられた焼き菓子を見つめる。
その瞬間。
祭りの灯り。
賑やかな通り。
笑い声。
焼きたての菓子。
『美味しい』
少女の弾んだ声。
『もう一個食べたい』
楽しそうな声。
嬉しい。
幸せ。
「っ……」
胸が締め付けられる。
頭痛はない。
けれど涙が出そうになる。
懐かしくて。
温かくて。
少しだけ寂しかった。
「お嬢さん?」
店主の声で我に返る。
「大丈夫かい?」
「はい」
少し迷う。
そして。
「これください」
焼き菓子を一つ買った。
紙袋はまだ温かい。
家へ帰る。
部屋で一口食べる。
優しい甘さが広がった。
するとまた胸がざわつく。
『美味しい』
知らない少女の声。
幸せそうな笑顔。
温かい空気。
楽しい時間。
「……誰なんだろう」
小さく呟く。
最近増えている。
知らない記憶。
知らない感情。
でも。
嫌ではなかった。
むしろ大切なもののような気がした。
◇◇◇
一方。
巡礼三日目。
一行は地方都市へ到着していた。
王都より小さい街だが、市場は賑わっている。
巡礼を迎える準備も進んでいた。
ユリアは周囲を警戒しながら通りを歩く。
異常はない。
その時。
「焼き菓子はいかがですか!」
元気な呼び込みが聞こえた。
視線を向ける。
露店だった。
甘い香りが漂っている。
そして。
『お土産忘れないでくださいね』
不意に思い出す。
神殿前。
見送りに来た少女。
真面目な顔で何度も念を押していた。
「……」
ユリアは立ち止まった。
自分でも少し意外だった。
焼き菓子を見て。
真っ先に思い出したのがセリアだったから。
「ユリアさん?」
後ろから声がする。
リシュリーだった。
「どうかしましたか?」
「何でもない」
ユリアは短く答える。
そして再び歩き出した。
だが。
一度だけ振り返る。
焼き菓子の露店を。
ほんの一瞬だけ。
夜。
巡礼先の神殿に用意された部屋。
窓の外では虫が鳴いている。
王都とは違う夜だった。
ユリアは窓辺に立ち、空を見上げた。
静かだ。
あまりにも静かだった。
ふと。
考える。
今頃セリアは何をしているだろう。
神殿へ行っただろうか。
また誰かと話しているだろうか。
「……」
考えてから気付く。
どうでもいいはずのことを考えている。
仕事中だ。
巡礼中だ。
余計なことを考えるな。
そう自分へ言い聞かせる。
それでも。
完全には頭から消えてくれなかった。
毎日のように隣にいた少女のことが。
◇◇◇
同じ頃。
セリアも窓から夜空を見上げていた。
離れた場所で。
同じ月を見ながら。
胸に残るのは。
懐かしい温もりと。
会えない寂しさ。
その二つだった。
巡礼が終わるまで。
あと十一日。




