知らない誰か
その日の帰り道。
セリアはずっと考えていた。
『昔、大切にしていた人のものだ。』
ユリアの言葉を。
あの時の表情を。
思い出す。
優しかった。
寂しそうだった。
そして。
どこか遠くを見ていた。
「……」
胸が少し重い。
理由は分かっている。
面白くないのだ。
自分の知らない誰かが。
ユリアの中にいることが。
◇◇◇
翌日。
神殿。
セリアは中庭のベンチに座っていた。
今日はユリアがまだ来ていない。
珍しい。
ぼんやり待っていると。
「浮かない顔ですね」
声が掛かった。
リシュリーだった。
「そうですか?」
「そうですよ」
隣へ腰掛ける。
セリアは少し迷った。
だが。
相談したくなった。
「リシュリー様」
「はい」
「忘れられない人っていると思いますか?」
リシュリーが瞬きをした。
少しだけ驚いたらしい。
「急ですね」
「気になったので」
嘘ではない。
リシュリーは少し考える。
そして。
「いると思います」
静かに答えた。
「忘れようとしても忘れられない人はいます」
その声はどこか実感があった。
セリアは少しだけ意外に思う。
リシュリーにもそんな人がいるのだろうか。
「でも」
リシュリーは続ける。
「忘れられないことと、前に進めないことは別ですよ」
セリアが顔を上げる。
「別ですか?」
「はい」
リシュリーは微笑んだ。
「大切な思い出は残したままでも、人は新しい出会いができます」
その言葉が。
少しだけ胸へ残った。
◇◇◇
その頃。
ユリアは神官長室に呼ばれていた。
「巡礼の最終確認です」
神官長が書類を渡す。
十日後。
出発予定。
二週間の巡礼。
護衛はユリアを含め三名。
問題はない。
いつも通り。
そのはずだった。
「……」
ユリアは書類を見る。
そして。
不意に思った。
二週間。
会わない。
当たり前のことだ。
今までなら。
何も思わなかった。
だが。
今は少し違う。
中庭へ行けばいる少女。
毎日のように顔を出す少女。
その姿が二週間なくなる。
「ユリア殿?」
神官長が不思議そうに見る。
「何でもない」
ユリアは書類へ視線を戻した。
考える必要はない。
巡礼は仕事だ。
それだけだ。
◇◇◇
夕方。
中庭。
セリアはようやくユリアを見付けた。
「ユリアさん!」
いつものように駆け寄る。
ユリアは少しだけ眉をひそめる。
「走るな」
「無理です」
即答だった。
ユリアはため息を吐く。
最近はもう諦めている。
二人で歩く。
少し沈黙が続いた。
すると。
「巡礼」
ユリアが口を開いた。
セリアが顔を上げる。
「来月からだ」
知っている。
でも。
改めて言われると胸が重くなる。
「二週間」
「ああ」
短い返事。
「長いですね」
思わず本音が出た。
ユリアは少しだけ目を細める。
「そうか?」
「長いです」
セリアは即答した。
長い。
すごく長い。
今までなら気にならなかった。
でも今は違う。
「寂しいです」
ぽろりと零れた。
自分でも驚くほど自然に。
ユリアが足を止める。
セリアも止まる。
視線が合う。
少しだけ気まずい。
でも。
引っ込めたくなかった。
「……」
ユリアは返事をしない。
何と言えばいいのか分からなかった。
ただ。
胸の奥が少し温かくなる。
そんな自分に困る。
「二週間なんてすぐだ」
結局そう言った。
「すぐじゃないです」
「すぐだ」
「すぐじゃないです」
子供みたいな言い合いだった。
ユリアは呆れる。
だが。
少しだけ笑ってしまった。
セリアはその顔を見る。
そして。
また心臓が跳ねる。
重症だ。
本当に。
◇◇◇
その夜。
ベッドへ横になりながら。
セリアはリシュリーの言葉を思い出していた。
忘れられないことと。
前に進めないことは別。
その言葉を。
何度も。
何度も。
頭の中で繰り返す。
「……」
知らない誰か。
ユリアが大切にしていた人。
今も忘れていない人。
胸は痛む。
それでも。
諦める理由にはならなかった。
むしろ。
もっと知りたいと思った。
その人のことも。
ユリアのことも。
全部。




