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忘れられない人



 その日の夜。


 ユリアは眠れなかった。


 ベッドへ横になっても。


 目を閉じても。


 頭の中に浮かぶのは。




『三年後に考えてくれますか』




 セリアの声だった。


「……」


 深いため息を吐く。


 十五歳。


 まだ子供だ。


 少なくともユリアにとっては。


 だから断るべきだ。


 距離を取るべきだ。


 そう思う。


 思うのに。


 完全には切り捨てられない。


 それが厄介だった。


 ユリアは起き上がる。


 部屋の窓を開けた。


 夜風が入る。


 少しだけ頭が冷えた。


 そして。


 無意識に胸元へ手を伸ばす。


 青い耳飾り。


 いつもの癖だった。


 指先で触れる。


 冷たい感触。


「セレス」


 小さく呟く。


 十五年。


 忘れた日はない。


 忘れるつもりもない。


 今でも愛している。


 それは変わらない。


 だからこそ。


 セリアへ向ける感情が分からなかった。


 放っておけない。


 会うと安心する。


 隣にいると落ち着く。


 笑っていると嬉しい。


 それが何なのか。


 まだ考えたくなかった。


◇◇◇


 翌日。


 セリアは朝から上機嫌だった。


 理由は簡単。


 昨日告白したからだ。


 返事はもらっていない。


 むしろ困らせた。


 それは分かっている。


 それでも。


 言えたことが嬉しかった。


「お母さん」


「どうしたの?」


「私可愛い?」


 母親は固まった。


「熱ある?」


「ひどい」


 即答だった。


◇◇◇


 昼。


 神殿。


 今日も当然来ている。


 ユリアは中庭にいた。


 セリアを見る。


 そして。


 少しだけ眉をひそめた。


「何だその顔は」


「何ですか」


「機嫌が良過ぎる」


 否定できない。


 むしろその通りだった。


「そうですか?」


「そうだ」


 ユリアは断言する。


 分かりやす過ぎる。


 昨日から。


 ずっと。


「ユリアさん」


「何だ」


「逃げませんでしたね」


 ユリアの動きが止まる。


 セリアは笑っている。


「何の話だ」


「昨日です」


 分かっているくせに。


 そう言いたげな顔だった。


「私なら」


 セリアは続ける。


「気まずくて逃げます」


「お前はそうかもな」


「でもユリアさんは逃げなかった」


 そこだけは嬉しかった。


 避けられなかった。


 会ってくれた。


 普通に話してくれた。


 それだけで十分だった。


 ユリアは返事をしない。


 否定も肯定もしない。




 その時。


 中庭の端で。


 白い糸が揺れた。


「あ」


 セリアが立ち止まる。


 見えた。


 少し濃い糸。


 人の肩辺りから伸びている。


 最近増えている気がする。


 理由は分からない。


 セリアは自然と近付いた。


 そして。


 指先で触れる。


 ふっと消える。


 いつも通り。


 その瞬間だった。




 白い部屋。


 祈り。


 胸の痛み。


『大丈夫です』


 誰かの声。




「っ!」


 セリアが頭を押さえた。


 まただった。


 断片。


 知らない記憶。


 知らない痛み。


「セリア!」


 ユリアがすぐ支える。


 顔色が悪い。


 呼吸も浅い。


 昨日より軽い。


 だが確実に起きている。


「またか」


 思わず口に出る。


 セリアは苦しそうに目を閉じた。


「だい……じょうぶ」


「大丈夫じゃない」


 ユリアの声が強くなる。


 珍しいことだった。


「何を見た」


 セリアは首を振る。


「分かりません」


 本当に分からない。


 映像だけ。


 感情だけ。


 意味はない。


 繋がらない。


 ただ。


 胸が苦しかった。


 泣きそうになるくらい。


「……」


 ユリアは黙る。


 頭痛。


 記憶の断片。


 白い糸。


 少しずつ増えている。


 嫌な予感がした。


 だが。


 同時に気付く。


 セリアの腕を見た。


 何もない。


 赤くもない。


 腫れてもいない。


 顔色もすぐ戻る。


 やはり違う。


 セレスとは。


 そこだけが救いだった。


◇◇◇


 夕方。


 別れ際。


 セリアは少し元気を取り戻していた。


「明日も来ます」


「休め」


「来ます」


 即答。


 ユリアは額を押さえる。


 昨日も見た光景だった。


「お前な」


「来ます」


 二回目だった。


 ユリアはため息を吐く。


 そして。


 ほんの少しだけ笑った。


「好きにしろ」


 セリアの顔が明るくなる。


 それだけで嬉しい。


 その様子を見て。


 ユリアは思う。


 危険だ。


 このままでは。


 自分も。


 少しずつ。


 絆されてしまう。


 そんな気がしていた。



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