四章 第25話 朝比奈尾道の感謝と愛
『今日の「PRタイムズ」でPRしてくれる方はこちら! カフェ「三ツ星」の方々で〜す』
『はい。よろしくお願いします』
『よ、よろしくお願いします!』
『若いですね〜。学生の方?』
『あ、私はそうです。ええっと、よぞ……あ、こっちの人?は……』
『「三ツ星」の従業員です』
『ほお! 若いのにしっかりしてますね〜』
『えへへ……』
『……あなたのことではないと思うけれど』
『え、えっと。今からお二方に1分間、告知してもらいます。それではよーい……、スタート!』
『はい。本日金曜日から日曜日までの三日間、カフェ「三ツ星」で特別なサービスをしています! 今朝、カフェ「三ツ星」の折り込みチラシに書かれている合い言葉を、当店で読み上げて頂けると、コーヒー一杯! 無料となります。……ええっと』
『今回はお客様への感謝を伝えるための企画となっており、他にもサイドメニュー新作発売や次なるメニューの食べ比べなど、様々な企画を行っています』
『あ、はい。そういうことです! 繰り返すと、期間は今日と明日、明後日の三日間です! 是非、カフェ「三ツ星」に足を運んでくださ〜い』
『住所と地図はこちらです』
そこまで見て、俺はリモコンで再生停止ボタンを押す。
上々のPRだ。何度見てもそう思う。春野の高校生らしく元気でハキハキとした語り口と、夜空の絶妙なフォロー。二人にPRを頼んだのは正解だったようだ。
特に春野が言い淀んだり、流れを忘れたりした時は間髪入れず、夜空がパネルを使って上手く注釈を入れている。おそらくそういう役割分担を事前にしたのだろう。
しかしリアルタイムでは仕事があって見られなかったので、このPR映像は家で録画したもので、今はそれをじっくり見直していた。
ちなみにここから夜空と春野がアナウンサーの方と掛け合いをしているのだが、今日はここまででいいだろう。
そう思うのは実はこの映像を見るのは五回目で内容はほとんど覚えてしまったのと、おまけに今日は忙しく、もうおねむなのだ。
テレビのあるリビングを出ていき、自分の部屋に行く。そこに入るなり、ベッドにダイブを決めた。
目の前の自室のデジタル時計を見る。時刻は0時30分。曜日は既に月曜日になっていた。
それを見て、俺はほっとした。理由は分かっている。やっと俺たちの営業が終わり、あとは流成さんの結果発表を待つだけになったからだ。
正直、結果はどうなるか分からない。だがそれすらどうでもいいと思えるくらいの達成感が今はあった。
夏は客が押し寄せると流成さんは語ったが、予想以上、それどころかこの二日間はバイトを始めてから一番の客入りだったのではないだろうか。
夜空と春野もシフトに入っていたので、こちらの手が足りないことはなかったが、席は足りなかった。
「三ツ星」には待てる場所がないので、案内できない時間帯もあった。それだけ客が来たとも言えるが、そこまで俺は楽観的じゃない。これからどうするかはいずれ考えるべき問題だろう。
まあ、今日は単純に嬉しいことだと受け取っておこう。
特にチラシとテレビの告知を見たという客も多くいて、広告作戦も十分に効果があったように思える。
常連客以外が合い言葉を口にすることも多く、それだけ興味がなかった層にも広告が行き渡ったということだろう。
その点については春と夏、二度の出店がかなり効果を発揮した。あそこで店名を覚えた人もいて、その人たちが本店に足を運んだパターンだ。俺の狙い通りの結果と言える。
しかしそれは膳所を利用したとも言い換えられる。夏の出店を決めたのはあいつだから。
ここをどう見るかで勝敗を分けそうな気がする。
売上についてはこれまた俺が勤務した中で、最高レベルだった。純利益はコーヒーを無料にしたこともあり多くはないが、単純な売上だけならそれで間違いないだろう。
だがきっと祭りには及ばないのだろうな。純利益は当然のことながら、売上も。
これは特段、変わったことではない。単純なプロセスの問題だ。
祭りなら客は会場にいて、彼らに営業すればいい。けど店でそこそこの額を稼ぐためにはまず客をここまで引っ張らなければならない。その上の営業。
つまりこちらの方がクッションを一枚噛むのだ。それだけで大きな違いがある。
まあ、これは分かっていたことだ。売上で膳所には及ばないのは。だから布石を置いた。
俺はもう一度、チラシを見返す。そこには『コーヒー一杯無料』の謳い文句と共に、赤字で目につく言葉が書かれている。
そういえばテレビのインタビューでも同じようなこと言ってたな。
『お客様感謝キャンペーン!』
膳所は意識的かは分からないが、これには全く触れなかった。意識的でも無意識的でも取るに足らないと思ったのだろう。
だが膳所は分かっていない。これがどれだけ重要な一文か。この言葉が俺の戦略の中核を担っていることも。
売上じゃ勝てない。こんなこと勝負する前から分かっている。だから仕込んだのだ。審査基準を。
それは確かこうだ。
『審査方法は売上並びに利益、勤務態度、客の反応等を星合流成が総合的に判断し、勝敗を決する』
つまり勝敗の決し方は売上限りではないということ。おそらくだが、売上では負けていても、その他の基準なら俺が勝っている可能性が高い。
膳所が売上重視で、あえてその他を捨てたという考え方もできる。売上が多い=満足度が高いという考え方に基づいてのことだ。まあ、これも間違っていない。売上至上主義が今の世の中だし。
だが流成さんが判定するなら、その方法では三角としか言い様がない。
流成さんなら確実に売上だけでは勝負を決したりしない。そうと明文化されている以上の理由がある。
売上至上主義はいかにも月子さんの思想という感じがするのだ。効率を重視し、莫大な富を作る。正に売上至上主義のそれだ。
だから流成はそこは忌避するのではないか、そう思ったのだ。普段もそれなりには利益を気にしてるようだが、それだけに気を払っているということはないし。どちらかと言えば、客の満足を追求しているように見える。
またルールに対して誠実というのもある。こればっかりはどれだけ仕事のパートナーをやってきたかの経験だな。膳所には分かるまい。
チラシを机に置く。体勢をうつ伏せから仰向けに変えて、天井を眺める。照明が眩しく、顔を手で覆う。
まあ、この考え方すらも建前で、本心じゃないか。
本心は一番、チラシに表れている。俺もダメだな。不特定な人間じゃないと本音を出せないなんて。
『お客様感謝』
この一文が俺の全てだ。この勝負に負ければ、俺はカフェ『三ツ星』を去ることになる。
負ける気はさらさらない。だが負けたら、俺は何も残せなくなってしまうのだ。それが何よりも怖い。だから後悔しないように、この戦略を採用した。
お客様への感謝。もちろん流成さんや夜空、春野。その他にもこの戦略に携わった人への感謝を、俺はこの勝負を通して伝えようとしたのだ。
そんな彼らの笑顔が、満足した様子や、お礼が俺の渇いた心を満たしてくれる。
売上を捨てるなんて営業の戦いなら愚策中の愚策。それでも採用したのは、それで勝てるという自信があり、色んなものをもらった俺からの特別な"感謝"と"愛"を伝えるためだ。
俺みたいな怠惰な性格にかまけて、不登校になった屑みたいな人間が優秀な人材と渡り合おうとする。普通なら不可能な話。それこそ土俵にすら立てない。
だが俺はここにいる。渡り合っている。それは紛れもない周りの力だ。俺の力なんて軽微なものにすぎない。
俺はそのことへの感謝を今回の勝負で全て乗せたかったのだ。
そして営業を終えて、その気持ちはどうなったか。……まだ分からない。ふわふわとして言葉にならない。
けど今夜はよく眠れそうだ。
なんかこの話は個人的に熱いです。主人公がそんなことを思っていたのか! という気分になります。書いたのは僕ですけど、それでも熱いです。




