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四章 第24話 朝比奈尾道の戦略

  いつも通りの日常。特に変わったことはない。それが俺の勝負の一日目だった。

  膳所が指定した祭りの三日間が終わり、二週間ほど経過した。膳所の営業の詳しい話は聞いていないが、流成さんが言うにはかなりの売上だったらしい。さすがと言うべきか、厄介と言うべきかは分からない。

  だがその影響は目に見えて分かる。明らかに来客数が増えている。夏で書き入れ時というのもあるかもしれないが、膳所の営業が広告塔になったのは間違いないだろう。

  この影響も審査に入れるなら、これまた厄介……。


  そんなことを思い、俺は店番をする。店内には審査員の流成さんと何人かの客。夜空と春野はいない。

  すでに時計は午後四時を指している。客は少ないわけではない。むしろいつもより多いくらいだ。だが膳所に比べると、全然足りないだろう。

  ふぅ……と一つ息を吐く。そうすると、カランカランと店の入り口の鈴が鳴る。


  「いらっしゃいませ。……ってお前か」


  「やあ、久しぶり。どうだい? 予想外に望まない人間が来るのは」


  店内に入ってきた膳所は爽やかそうな笑みを湛えながら、そんな嫌みを言ってくる。大概、性格が悪いはずなのに、イケメンが言うと許されそうなのが、不思議だ。

  膳所は俺の目の前のカウンター席に座る。


  「まったく最低だな。今すぐ店じまいしたくなる」


  先ほどの言葉はおそらく、膳所が前に夜空を通じて、俺に呼び出されたことへの意趣返しのつもりだったのだろう。だから俺も嫌みたらしく返してやる。


  「調子はどうだい?」


  「おかげさまで割といいよ」


  膳所はその言葉を受け、周りを見渡す。その目が細くなる。この来客数で? とか言いたそうな顔だ。

  いつもよりは多いが……まあ、祭りよりは絶対に少ないだろうな。だが、()()()()()()()()()()()()()()。なんなら張り合うつもりもない。

  膳所はそれを見抜いたようで、ある一枚のチラシを鞄から取り出してきた。

  カフェらしいシックなデザイン。だがその中にも可愛さがある。春野らしさがよく出ている。

  チラシのレイアウトも春野が考えた。見やすさ重視で、見出しがデカデカと載っている。それは……。


  「『このチラシを見たと言えば、コーヒー一杯無料』ね……。こんなものが客寄せパンダになると思ったかい?」


  ニヤリと悪い笑いを浮かべる。勝った、そう確信した顔だった。


  「なってるだろ、普通に。てかそれお前、どこで」


  「ここらへんに住んでるんだよ。それで今朝、新聞の確認ついでにチラシ漁ったらこれが」


  「いらない情報、どうもありがとう」


  俺が憎たらしく言うと、ふふと膳所は笑う。はっきり言って、あんま膳所には見られたくなかったんだよなあ……。


  「まあ、効果はありそうだ。だけどパンダほどかい?」


  その通りだ。パンダほどじゃない。膳所は白状しろ、という感じだ。あんま流成さんの前で言いたきゃないんだが……。

  はあ、と一つため息を吐く。ばらしてしまっても問題ないか。流成さんは……それでも公正に判定してくれることを願おう。


  「……俺は売上で勝とうなんて思っちゃいない。狙いは流成さんの判定方法だ。売上じゃ勝てないからな。お客さんの満足度とか接客態度で勝負を決めようと思ってんだよ」


  今更気づいたが、これを店内で言うのはまずかったな。客に聞かれていたら大変だ。

  だが誰も気に留めようとしない。各々が自分の世界に入り込んでいる。とても有難い。


  「ふむ……」


  そう言ったのは、膳所か流成さんだろうか。あるいは両方か。

  俺としては割と考えた方だとは思う。売上では勝てない。勝つならそれこそもう一度、祭りをしなければならない。だがこの地域ではもう祭りはない。

  だから俺は別の審査基準に懸けたのだ。もしも流成さんが売上最重視なら負け確だが、それ以外を重視するならワンチャンある。


  「けど、それすらも失策じゃないかい?」


  その通りだ。客はいるが、その半分程度しかコーヒー無料になる合い言葉を言っていない。しかも、その客は常連客で、いつもこの店を気にかけてくれる人しかそうしていない。

  そしてコーヒーを無料にするということはその分、こちらが損をするということだ。チラシの印刷代だってかかった。

  客がいつもより多くて、そこでサイドメニューを頼んだとしても、売上はいつも通りかそれ以下だ。

 

  俺は一旦時計を見る。もうそろそろか。おもむろにスマホを取り出し、操作する。

  それを膳所は流成さんに聞こえるように咎める。


  「営業中にスマホなんか使っていてもいいのかい? それに夜空さんと環さんもいないようだけど、愛想を尽かされたかい?」


  「まあ、少し待てよ」


  膳所の方を一切、見ずに答える。

  そうしてる内に望みのサイトに辿り着く。スマホの画面を膳所に見せてやる。


  「……これは?」


  写し出された映像に膳所の目が釘付けになる。いや、強制的に引っ張られたというのが正しいかもしれない。


  「見ての通り、テレビだ。まあこれはワンセグか」


  「あのさあ……。僕はこれに()()()()()()()()()()()()()()()()訊いてるんだけど?」


  周りの客を気にして、スマホから音は出ていない。ついでに言うなら、画面は膳所の方に見せているので、俺からは見えない。

  だが膳所の言葉から、夜空と春野がテレビにしっかり出れたことは分かった。

  出ているのは、作戦に準拠するなら、地方テレビ局が夕方にやるニュースのワンコーナーの告知タイムのようなもののはずだ。


  「告知だよ。多分、このチラシを意識する人なんてそう多くないだろうし、それを見て来る人はもっと少ない。けどな」


  画面を見なくても分かる。おそらくその奥には夜空と春野がパネルでも持って、インタビューを受けているのだろう。

  あいつらは頑張っている。だから俺も自信を持って、作戦を開陳することができる。


  「それならチラシを見てもらうための告知をすりゃあいい。それがこのテレビ出演って訳だ」


  「二重の告知ということか……」


  二重の告知。その言葉はしっくり来た。

  突き詰めると、このテレビのインタビューも店に来る告知になる。店に来るのとチラシを知らしめる、そういった点で二重の告知なのだ。

 

  「ふうん。考えたね。でも」


  「批判はもういいよ」


  膳所は一度は戦略を認めた素振りを見せる。けど結局、それは批判に変わるのだろう。ならもう聞きたくはない。これでやると決めた以上、その戦略は既に不可逆なのだ。

  あと膳所の言いたいことは分かってしまった。俺も薄々は気づいていたことだが、この作戦が大々的な宣伝を目的としている以上、膳所の営業効果も少なからず影響しているのだ。

  それを言ったり、言われたりするのは沽券に関わる。だから絶対に俺からは言わないし、膳所には言わせない。


  膳所はふぅ、とため息を吐き、画面から目を離す。どうやらインタビューが終わったらしい。

  俺はスマホの電源の落としながら、膳所に話しかける。


  「どうだ? 俺の戦略は?」


  「まあ、やっと土俵に上がったって感じじゃない?」


  手厳しい。いや、まだ勝負にならないと思われてないだけマシか。

  八月。流成さんが言った勝負の夏。今日は少し忙しい程度だった。だが明日からは……。忙しいだろうな。いや忙しい方がいいか。気張らねぇとな、俺。

もちろん投稿する話よりも先の展開は自分の中では決まっているのですが、ついに最終話まで見えてしまいましたね……。達成感半分、寂しさ半分。

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