四章 第21話 星合夜空の友情
この辺一帯では毎年八月の第一週の金、土、日には大々的な納涼祭が催される。
テレビでも数千発上がる花火のことなどが、ちょくちょく紹介されるため、この県では割と有名な祭りだ。
だが俺は一度もこの祭りに参加したことはない。祭り会場となっている河川敷には、家から徒歩で十分かからない所にあるのにも関わらずだ。
行かない理由ははっきりしている。単純に人が多いのだ。河川敷には溢れんばかりの人が集うし、そうなると知り合いの遭遇率もグンと上がる。それは俺にとっては辛いことである。
どう顔を合わせればいいか分からないなら、行かない方がましだ。そんな考えを十年来、突き通して祭りには不参加だった。
だがどういう風の吹き回しだろうか。今日、俺は初めて祭りに参加する。
行き交う人混みの中、俺は少し離れた場所である人物を待つ。時計を見ると、待ち合わせの時間から少し過ぎている。まあ、三回目なのでもう慣れたが。
だがこうも遅いと、少しそわそわしてくる。いつもならもうちょい待つのだが、今日は人が多く、俺を見つけ出しづらいだろう。
探しに行くか。そう思って、一歩踏み出すと首根っこを捕まれる。うえっ、と声が漏れ出てしまう。
「誰だよ……。って春野か」
待ち合わせの相手である環春野は、じとーっと俺の方を見つめてくる。そんな反応だと、どうしてか不安になる。
「……どうかしたか?」
「いやー、帰ろうとしたのかなーって」
「それは心外だ。待ち合わせに遅れたからって、帰ったりしないぞ、俺は」
心からの言葉なのだが、春野は腕を組んで、うーんと唸っている。今までの経験上、信じられないということだろう。まあ、用事が用事なら帰っていたかもしれないので、その気持ちが分からんでもない。
「それより、これどうかな?」
春野は袖を軽く上げる。
祭りということもあって、春野は浴衣を着てきていた。若紫の生地に、朝顔が色鮮やかに咲いている。帯は桃色でその明るい感じが、春野の魅力をより一層、引き立てている。
「……今日は遊びに来たわけじゃないんだけどな」
「むー。そうだけどさー。素直じゃないな、もう」
春野はバシッと背中を叩く。痛い。まあ、言われてみると、素直じゃなかったかもしれないので。
「ま、いいんじゃねぇの。お前らしい浴衣で」
「そ、そっか……。ありがとう……」
感想を軽く言ってやると、春野は顔を赤くして黙りこむ。理由は分かる。あまり言いたくはないな。
「急に素直になるから、ずるいんだよなー」とかぶつぶつ言っている。これも俺のナチュラルなツンデレスキルが発動したということで許してほしい。
「さ、さあ行こう! 本題はこれじゃないし……」
腕を突き上げ、春野はずんずんと雑踏を進んでいく。
誰が本題からずらしたんだよ。そんな言葉が頭をよぎるが、口には出さない。無粋すぎるからな。きっと恥ずかしいからこうしたのだ、と察したが、それも内心に留めておく。
それより今日の本題を思い出す。案内所で貰った祭りのパンフレットを見ると、目的地はここから少し行ったところにあるようだ。
やがてそこに辿り着く。看板を読むと、間違いなくカフェ「三ツ星」の文字。
今日の目的はこれ。俺と膳所の「勝負」ということで、最初に膳所が祭りに屋台を出したので、その偵察に来たのだ。
「あら、尾道くん。春野さん。いらっしゃい」
夜空が気前良さそうに笑う。うーん。この感じだと、営業スマイル7割ってとこか。
「やっほ〜。遊びに来たよー」
「偵察しに来たよ」
夜空の挨拶に俺たちは口々に反応する。それを聞いて、思わず苦笑を浮かべる夜空。
「どちらが正しいのかしら?」
「私だよ、私。尾道くんはカタすぎるよ! もっと祭りを楽しまないと!」
「いや、誰が好き好んで、人混みの中にわざわざ行くんだよ。偵察とかいう大義名分がない限り、行きやしないさ」
それを聞いて、春野はぷくーっと頬を膨らます。よっぽど俺の答えが気に入らないらしい。
「ちぇっ。さっきは浴衣褒めてくれたし、楽しんでるかなーって思ったのに」
「尾道くん?」
春野の何気ない一言を受け、夜空はじっと俺の方を見つめてくる。どうした、と思って見てみると、夜空も春野と同様に浴衣を着て、接客していた。
夜空の浴衣は紺をベースとしていて、そこに牡丹の柄が数輪、咲いている。これまた夜空らしい落ち着いた雰囲気のあるデザインだ。
「……な、なんだよ」
「いえ、なんでも」
すぐに恥ずかしくなったのか、顔を背け、それっきり話さない。だが夜空が望んでいたことは、なんとなく分かった気がする。
「似合ってると思うぞ、うん」
「夜空、めちゃくちゃかわいい!」
ギューと抱きしめるポーズをする春野。本当は抱きつきたいのだろうが、屋台の仕切りがあってそうもいかなかった。
「あ、あり……あの今日はどういう用事で」
何か言いかけたが、全く別の話題に転換する夜空。
「ああ。分かってると思うが、膳所を見に来に……、と思ったんだが……どこにもいねぇな。なんだ? 敵前逃亡か?」
屋台を見回しても、膳所はどこにもいない。ついでに言うなら、流成さんもいない。……こっちは心配だな。
だがその答えは夜空が語ってくれる。
「あの子なら、リアカー引いてるわよ」
「えっ、リアカー? どういうこと?」
俺は声までは出さなかったが、結構驚いた。そんな手を使ってくるとは。
「……売り場面積の拡大か?」
俺が水を向けてやると、夜空は一つ頷く。春野はそれだけでは分からないらしく、首を傾げている。春野に説明してやる。
「つまりな、リアカーで移動販売してるってことだ。
確かに売り場面積が一つだけじゃ、稼げる量は限られるし、場所も固定だから広く売れないわけだ。だから膳所はそこを対策している。他にも広告塔のつもりもあるんじゃねぇの?」
「ほえー。いろいろ考えてんだねー」
春野は納得しているかどうか、不安になる返事をする。まあ、だいたい伝わっているだろう。そう安心したい。それに実際の光景を見れば、分かると思う。
夜空はうんうんと頷く。俺の予想はおおむね当たっているのだろう。
「夜空、それで他にどういう対策してるんだ?」
「それは……直接、見た方が早いのでは?」
「ま、その通りだな。じゃあ場所を教えてくれ」
「それが……あちこち移動してるから、分からないのよ。適当にふらついたら、会えるのではないかしら」
つまりとりあえずここを離れた方がよさそうだ。そうしないと、会えないということを夜空は言っている。
またこの人混みの中を、かき分けながら進むのか……。憂鬱を覚えるが、そうしない限り、膳所を偵察できないので、移動するかと思い直す。
一つ礼を言って、この場を辞そうとする。だがふと思い付いたことがあった。
「そうだ。その……悪かった。勝手に勝利報酬にしちまって……あの、例の……」
春野の表情が険しくなる。どうやらこれは大分、気にしていたらしい。
この言葉はもちろん、俺は膳所が勝ったら、膳所と夜空が許嫁として認められてしまうことを指したのだが、それだけでは伝わったか心もとない。
だがそれでも伝わったらしく、ああ、と合点した様子を見せる。
「別に気にしなくてもいいわよ。あなたたちだけ覚悟を見せていても、悪いもの。私も覚悟を持たないといけないということなのよ、きっと」
なんでもない風に夜空は言う。だからこそ俺が悪いと思ってしまうのだ。夜空はずっと前から覚悟なんて出来ていたのに、それをわざわざ引っ張り出すことになってしまって。
「夜空、絶対勝つから」
ぐっ、と春野が夜空の両手を握る。夜空はこくりと頷いて、そして笑う。
「ええ、頑張って」
その表情が目に入ると、春野も心配が表れていた表情も鳴りを潜め、満面の笑みを見せる。
夏の強い日差しが彼女らを燦々と照らす。その笑顔は紺碧の空の元咲いた、向日葵を連想させた。なんという美しき友情かな。
その光景は俺を安心させた。片桐の本当は二人は不仲ではないか、という推測がずっと引っ掛かっていたのだ。もしかしたら、夜空と俺と遠ざけるため、わざと負けるのではないか、とも。
だがもう心配はしていない。皆、覚悟がある。誰も負けるつもりはない。
俺は両頬をパンパンと叩いて、もう一度覚悟を決め直した。
この作品にも終わりが見えてきたのですが、なんか一周年迎えそうだし、累計100話はいきそうです。意外に長く連載する作品になったなあ、としみじみ思います。
ちなみに結末はまだ決まってません! 迷ってます!




