四章 第22話 膳所雪村の戦略
夏の厳しい日差しが、さっきから首に集中攻撃を与えてくる。さっきまで、暑さはいつも通りかと思っていたが、日が傾くと西日がきつくなっていった。
「あちー……」
「暑いねー」
俺の独り言に、春野も手でぱたぱたさせながら反応する。
人混みの中をただひたすら邁進しているので、揉まれてとにかく暑い。にも関わらず、本来の目的である膳所探しは上手くいかない。
「ちょっと休憩してく?」
春野が俺に尋ねるが、それを言い終わる時には清涼飲料やらを売っている屋台へ一直線で向かっている。
お前の中で、それを飲むのは規定路線なのね。……まあ、いいですとも。俺も暑いので。
「どれ飲む?」
「ラムネ」
春野が尋ねてくるが、商品をろくに見ずに決める。ま、これは定番だしな。祭りと言ったら、これしかないまである。
「やっぱ、そうだよね〜。私もこれにしよ〜。おじちゃん、ラムネ二本」
春野が俺に手を差し出してくる。お金を出せ、ということだろう。財布を取り出し、看板に書かれた金額分の小銭を取り出し、渡す。
春野が店番のおじさんから、二本ラムネをもらい、その一本を俺に頬にぴとっ、とつけてくる。
「冷たっ」
「あはは。夏だしこのくらいが丁度いいでしょ?」
「……まあな」
短い言葉でそう応じる。なんか気の利いた一言くらい言えればいいのだろうが、どうも上手くいかなかった。心臓がバクバクしている。
二人で植え込みの石垣に腰かける。早速、ラムネを開ける。ポンッと心地いい音がして、いかにも夏らしい。
「ぷは〜。生き返る〜」
ぐびぐびと飲んでいた春野が、そんな言葉を口にする。だが俺はそれを聞いていなかった。なぜかその仕草を注視していた。
「……どした?」
「生き返るってことは死んでたのか……。いや、ええっと……うまいな、これ」
素のひねくれが出てしまい、しどろもどろになりながらも、言葉を返すと、にぱーと春野が笑う。
「だよね〜。今日はホントいい一日だったよ……」
「だな……」
沈む太陽を見送りながら、その言葉に納得する。……本当にいい一日だった。ラムネも飲めて、春野と祭りの屋台を巡って、夜空と会って……。ん?
「待て、春野。本来の目的忘れてるぞ」
「ん? ……あ。そっか膳所くん」
ばっ、とこちらを向く。どうやら完全に忘れていたようだ。まあ、俺も忘れかけていたので、人のことをとやかく言えないが。
周りを見渡す。夜空はそこらへんを歩いていれば会える、と言っていたが、ここまで来る時には、一度も膳所の姿を発見できていない。
「あ、あれじゃない?」
春野は指を人混みの方に指差す。だが俺はと言うと。
「は? どこだ?」
「いや、だからあそこ」
「あそこって言われても、人が邪魔でよく見えねぇし」
一応言うと、俺の視力が悪いわけではない。褒められるほどいい訳ではないが、Bの判定を頂くくらいにはいい。つまりこれは春野の目がよすぎるのだ。なに、マサイ族なの?
「ていうか、そこまで俺を連れてってくれ」
「あ、そうだね」
そう言うと、春野は俺の手を掴んで、人混みをかき分けて、ずんずん先へ進む。ここらへんまで近づくと、確かに膳所の引くリアカーが発見できた。しかし。
「春野……。ちょっ、タイム」
俺が声をかけるが、お構い無しでガンガン進む。周りの喧騒に掻き消されたか、目的だけを見て俺の声が意識外なのかは分からない。だがとにかく、俺の声は聞こえていないようだ。
この状態はまるで……まあ、いい。この手のモノは意識した方が負けなのだ。春野も考えがあって、強かに手を掴んでいる訳でもないだろう。
「膳所くん」
「ああ、環さんか。それに……なんだ君か。偵察?」
はあ、と膳所がため息を吐き、明らかに嫌そうな表情をする。失礼だな、こいつ。
膳所はリアカーを引いていると、夜空から聞いたが実際に見てると、よくある二輪のついあ移動式屋台みたいなものだった。
近くには流成さんもいた。つまりこっちに付いていって判定しているわけだ。お疲れ様です、と軽く礼をする。
「まあ、そういうことだ。相手がどんなことしてるかは、少しは気になるだろう?」
この勝負の仕組み上、相手が何をやってるかは知らなくてもいい。対人戦じゃないからだ。評価で勝敗を決めるという点では、フィギュアスケートに似ているかもしれない。
「そうか、偵察か。偵察、ね……」
ちら、と俺の方を見る。いや、ちょっとずれてるな。どこ見て……。
「春野。春野!」
「えっ、何?」
俺は掴まれた右手を振る。すると、ようやく分かったらしく、あっ、と言いながら掴んでいた手を離す。顔が赤い。
「うん。仲睦まじくていいんじゃないかな」
ニヤリと膳所が口角を吊り上げる。そうするのは、俺と春野がくっついてくれれば、自分の恋の邪魔はされなくなるという膳所の思惑からだろう。
「うるせぇよ。それで何してんだ?」
「まあ、その前に軽く一杯」
膳所は屋台を一旦、近くに停めるとコーヒーを差し出してくる。アイスコーヒーのようだ。屋台をちらと見ると、紅茶もある。
だが俺はそれを手で制し、ついでに受け取れないよう、春野の前に立つ。
「……それ、どうせ売上に計上するんだろ」
「はは、ばれたか」
バレバレだ。敵対同士のこいつが『軽く一杯』なんて言うはずがない。言うとしたら、今のように売上にする場合か、毒入りの場合だけだろう。
屋台カーを少し眺めると、張り紙が目に入ってくる。それはメニュー表だった。
すると見たことがない商品が目に入って来た。
シークレット ― ¥700
気になって訊いてみる。
「なんだこれ」
「ん? ああ、それは……買ってからのお楽しみということで」
膳所はくくっ、と笑う。こいつ、いちいちうぜぇな。
少し考える。これを買うことで売上に計上されるのは癪だが、こいつのここでの活躍は、後々の俺たちの番に大きく関わってくる。毒を食らわば皿まで。偵察するなら、徹底的に。
渋々、財布の中から七百円を取り出し渡す。それを膳所は勝ち誇った笑みで受け取る。忌々しいな、まったく。
膳所は慣れた手つきでそのシークレットやらの準備をする。傍らにはスマートフォンが置かれており、なにやら操作している。
それを待ってる間、詳しくメニュー表を見る。「シークレット」以外は特に商品はなく、膳所の狙いがここにあるのだなと、一旦思う。
だがもう一つ気になる点を見つけた。春野にそれを訊く。
「なあ、この商品の価格、いつもと同じじゃないか?」
「ん? そうかなあ。あんまよく覚えてないや」
そう言うが、必死に春野は思い出そうとしている。まあ、お手伝いしたのは一回だけだし、客として来ても決まったものしか頼まないので、覚えてなくても当然だろう。
「そうだよ。いつもと同じだよ」
会話を眺めていた流成さんが助け船を出してくれる。やっぱり俺の気付きは間違いじゃなかったらしい。
「……そういえば、前に出店した時ってちょっと値下げしたよね?」
「ああ。目的は商品を買ってもらって、カフェ『三ツ星』を喧伝するためだったからな」
実際、その目論みは上手くいき、短期的にも、長期的にも宣伝効果が出ている。だがこの作戦の唯一の失敗を挙げるなら、祭りでの売上は言うほどだったということだ。しかし、だ。
「そんな強気にいけるかねぇ……」
思わず独り言が漏れる。価格を上げれば、利益が増える。これは間違いだ。価格を上げ、売れる量が変わらない、もしくはそれ以上の場合に、利益が増えるのだ。
価格を上げれば、それだけ手を出しづらくなるということ。ある意味、賭けだ。
「いけるよ。明確な理由はある」
そんなことを言いながら、シークレットの完成品を渡してくる。
その正体はというと、ラテアートの描かれたカフェラテとバームクーヘンのひと切れ。どこらへんがシークレットなのか分からない。
「それより、なんだこれ。どう見ても普通のメニューなんだが」
「ぼったくりじゃないから、安心しな。ヒントはこれだよ」
そう言って、先ほど操作していたスマホを見せてくる。そこにはルーレットアプリが開かれていた。どうやら色々、設定が可能らしく、バームクーヘンやらカヌレやらの項目が羅列されている。
おそらくそれを使って、客の出す品を決めているのだろう。本当に"シークレット"な訳だ。
「なるほどな。お楽しみ要素か」
「そういうこと。こっちの方が楽しいだろう?」
俺は膳所の一言を聞いて、渋い顔になる。膳所はそれで何をいいたいのか察したのか、一言添える。
「今日はお祭りだからね。皆、財布の紐が弛いのさ」
俺が思ったことは全て織り込み済みということか。あえて定価でいったのも、祭りならあまり価格を気にしない人が多いと思った上でのことらしい。
まあ、膳所の営業を見る感じ、好評のようで、客が並んできている。夜空の方と合わせれば、効果は絶大だろう。
それでこそだ。俺の戦法が活きるというものだ。まあ、あんま売られると困りますけどね……。
なんか作中と執筆時の季節が完全に真逆なのでずっと戸惑ってます。連載始めたのは春ですが、物語開始は秋ですし。しかし最近は遅筆なおかげで季節が追い付きそうです……。反省。




