四章 第12話 星合流成の風格
負けた。夜空が俺に礼をしている姿を見て、ふとそんなことを思う。
説明しろと言われてもできない。ただ何故かそう思ってしまったのだ。その理由を考えようとする。どうせ考えるしか能のない俺だし。
だが思考を深くする前に夜空が一言。
「ねぇ……。今からうちにこない?」
「はい?」
いや、なんでそうなるんだよ! どこに話の脈絡ついているかが謎だ。だ、だいたい女子の家に誘うとか……。いやもうこれ誘ってるのか!?
思考がぐちゃぐちゃに掻き乱される。急にそんなお誘い、どう返せばいいんだよ。
「どうしたの? 急に黙って。お腹も空いてるみたいだし、だいたいあなた家出したんでしょ。このままじゃ補導まっしぐらだから匿ってあげようとしてるのよ」
「ああ、そう……」
落胆したような声が出る。言い方にこう、女子の家に行くワクワクが微塵も感じられねぇし。
「ちょっと待って」
その言葉を受け、指示通り住宅街の壁に寄りかかって待つ。夜空はスマホを取り出して、誰かに連絡している。きっと父である流成さんにだろう。
しばらく待っていると、やがて通話を終えた夜空がやって来る。親指と人差し指をくっ付けてOKサインを出す。
「さて行きましょうか」
当然ながら夜空の家までの道のりは夜空しか知らないので、俺は数歩遅らせながらついていく。
ふと空を見上げる。星々が燦然と光り輝き、真っ黒のキャンパスにてんでばらばらに散りばめられている。
それが幾星霜をも越えて、この地球にやって来た光だと考えると、花鳥風月に興味のない俺でも思わず嘆息してしまう。
そして次にこんな言葉が出たのも完全に無意識のことだった。
「星が綺麗だな」
「夏目漱石?」
咄嗟に夜空がそんなことを言い出す。
「それは『月が綺麗ですね』だ。あとそれお前に『I LOVE YOU』って伝えてることになるから」
「細かいわね」
「これだけは譲れないんだよ」
流石にここで勘違いされてしまうのは困る。しっかりと訂正しておく。
だが夜空は俺の話など聞いていない風で、先ほどの俺と同じく空を見上げる。
「……まあ確かに綺麗かもしれないわね。彦星と織姫はちゃんと会えたと思うわよ」
それと同時に思い出す。今日が七夕であるということを。7月7日であることは分かっていたのだが、七夕というよりも夜空の誕生日だという認識が強すぎて忘れてしまっていた。
「そうか。確かにそうかもな」
「あら、意外に普通のコメントね。あなたはリア充嫌いだと思ってたけれど」
「流石にお伽噺に恨み言を言ったりしねぇよ」
夜空は口元を押さえ言ったので、俺のひねくれ度をこいつにどう見られているのか不安になる。誰彼構わずリア充に暴言を吐くのは大間違いだ。
そんなことを話し合っているうちに夜空が住んでいるというマンションに到着する。住宅街の中にある、いかにも普通のマンションで、小綺麗な雰囲気がある。
エレベーターで星合家の部屋がある階まで上がっていく。パネルを見た感じ、このマンションは10階建てで7階に住んでいるらしい。
エレベーターを降り、外に面した通路を直進する。やがて先行していた夜空がある扉の前で止まる。
「ここよ」
そうとだけ言い、ガチャリとドアノブを回し中へ入っていく。
「お邪魔します~……」
一応許可は貰っているが、良く言えば遠慮したような、悪く言えば泥棒が入るような感じの物音を立てない入り方をしてしまう。
「おー。よく来たね」
フローリングの上にしかれた絨毯を掃除機でかけていた流成さんが声をかける。俺が来たことに気づくとその電源を切り、入った時より静かになる。
「掃除ですか?」
「まあね。来客があるっていうし」
「それはすいません……」
非常に申し訳ない気分になってしまう。家出してきてしまったばっかりに散々迷惑をかけることになった夜空と流成さんにはしばらく頭が上がらなそうだ。まあ、元々上がらないけど。
リビングを見渡すと物が全然ない。一見、生活感がなさそうに見えるが、よくよく見ると物が上手に収納されていたので、そう感じたのだと思い至る。全体的に見るとイメージ通りの片付いた部屋だ。
「夜空、夕食を出しておやり」
「それも山々なのだけれど……」
そう言ってずっと手に持っていたレジ袋から惣菜を取り出す。そこで気づく。
「ああ、なるほど。買った分が少ないのか」
「そう。ちょうど二人分しか買ってきてないのよ。明日の分は明日でいいと思って……」
まあ、俺と今日道端で出会って、そのまま家にお邪魔するなんて夢にも思わないだろう。それに加え、今日は誕生日会で色々と忙しかった。ゆっくりと買い物ができてるはずもない。
そもそも匿ってもらっているという引け目もあるので、俺は遠慮して伝える。
「別に急に押し掛けたのは俺ですし、カップ麺で十分です」
罪悪感を感じさせないように無理やり笑顔も作る。だが流成はふむと考えるように顎に手をやる。
「いや僕がカップ麺でいいよ。夜空と尾道くんでそれは食べな」
「でもそれは……」
どうにか断ろうとする俺を流成さんは手で制す。
「大変な事情があったんだろう? お腹が空いているのに夕食がカップ麺じゃ味気なさすぎるし、そもそも君は客人だから遠慮することはない」
自分も大変な事情があるだろうに。そんなことを真っ先に思うが口には出さない。
これが大人の余裕とか気配りとかそういうものなのだろう。本当にどっかの誰かさんとは大違いだ。
なら俺はその思いやりを無下にしてはいけない。大人が器の広さを見せるなら、子供はそれに甘えるのが正しいし、大人はそれが嬉しいはずなのだ。
「じゃあお言葉に甘えて……」
「うん。それがいい」
流成さんが微笑を浮かべながらこくりと一つ頷くと、それを合図と受け取ったように夜空が夕食の準備を始める。
しばらくして夕食が出来上がる。とはいっても流成さんのカップ麺と俺たちの分の惣菜をレンチンしただけなので、いささか簡素だ。
「いただきます」
夜空が先にそう言うと、それに追随して各々が「いただきます」と料理に感謝の意を述べる。
無言で夕食が食べ進められる。自分と同じ二人家族でありながら、その様は全く異なっている。
割と騒がしくその日のことを話し合うのがうちの食卓だが、ここでは特に会話もなく黙々と夕食の時間が流れる。俺はいつもがどうか知らないが、星合家にしてみれば普通な光景なのかもしれない。
そんなことを考えているうちに夕食を食べ終わる。そこでやっと流成さんから食べ終わったら、食器を台所につけてくれという指示が来た。
指示通りやってからもう一度、食卓につく。
「この後はどうするんだい?」
「いや、まあ……その……」
流成さんの素朴な疑問に口ごもってしまう。
この後というのはもちろん、ここにいるか家に帰るかの二択を訊いているのだろう。
俺としては帰りたくはない。帰ったらあの男がいるのだし、急に出ていってしまったばつの悪さもある。だがこのまま星合家に長居できないのも事実だ。
でもどちらかといえば……、一応答えを決めて話し始めようとするが流成さんの言葉で遮られる。
「うちに泊まるのは別にいいけど、その時は親に連絡しないといけないよ。心配しているだろうし」
うっ、と思わず唸る。微かに笑う流成さんは全てお見通しといった風だ。
確かに迷惑をかけると思いつつも、整理がつくまで一晩ほど泊めてもらう腹だった。だがこんな正論を突き付けられると再び迷ってしまう。
「……分かりました。帰ります」
「そうか。それがいいよ」
そもそも、だ。いつも色々としてくれる母親のことを考えると家出したのはとても申し訳ない。誰よりも父親と関係を築いてほしいと望んでいたのは母親だったはずなのだから。
壁掛け時計を見るとだいたい9時を過ぎたところで、今から帰っても補導にも遭わず無事帰れそうな時間帯だ。だが流成さんはこう付け加える。
「車出すよ」
「いや、いいですよ。家からそんな離れてないって分かりましたし」
何よりこれ以上迷惑をかけるのは頂けない。だが流成さんは莞爾といった風に笑みを湛えたままだ。
「遠慮はいらないよ。そもそも一人で帰るのは大変だろう? ……精神的に」
「……そういうことなら」
思わずすかしたような返事をしてしまう。だがその実はすげぇなと感じる。
家出をしてきた俺に何も説教することなく、ただ淡々と気遣い、もてなしている。それに加えて俺の心情も慮った上での行動。
器が広くなければできないことだし、紳士的な振る舞いというのが分かっているのだろう。……ホントうちの父親とは大違いだ。
俺みたいな親心も考えず、家出してくるガキにはその精神が、風格が眩しく感じるし、多分普通に人生を送っているだけじゃ永遠に辿り着けないということも同時に悟る。壮絶な人生だからこそ手に入れた代物なのだ。
くっそ。かっこよすぎるだろ。
そんな流成さんは大したことはないといった風に、財布や鍵やらを取り出して声をかける。
「さて行こうか。……ああ、あと夜空もついてきなさい」
「え」
俺と夜空が同時に困惑の色を見せる。どうやら流成さんの本質が出てしまったみたいだ……。
星合家族と夜のドライブ。何かある気しかしない……。さっきのかっこよさはどこ行ったんだよ……。そんな軽い憂鬱と共に星合家を後にする。
最近は手動で投稿しているのであとがきが適当になっている場合があります。いつか本編ではなくあとがきに修正が入るかもしれません……。