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四章 第11話 星合夜空の依頼

  「夜空……」


  「あら朝比奈くん、こんな所で奇遇ね」


  街灯の光に照らされた夜空の銀髪が輝く。その長い髪は夜風に吹かれ微かに揺れている。薄い微笑みを湛える夜空はいつも通りだった。

  その光景に思わず黙ってしまう。完成されすぎていたというのもそうだが、それ以上にここで会うことなど予想できるはずもなく戸惑っているという感じだ。


  「? どうしたの? 黙ったままで。ストーカーのつもり? なら見バレしてるわよ」


  その罵倒もいつも通りで、本当なら安心感を覚えるはずなのだが、今日は酷く懐かしいと思う。

  それすらも色々洗脳されてるなと自嘲する。いつから俺は夜空の傍若無人さに心地よさを感じるようになったのか。調教されてしまっている。


  「いや、全然そのつもりねぇよ……」


  「……」


  自嘲そのままに笑いかけたが、今度は夜空の方が黙ってしまう。だがその重い口を慎重に開く。


  「……何かあったの?」


  「何もない。いつもそうだろ?」


  「いつもなら夜歩きなんてありえないのでは?」


  一瞬で看破されてしまう。表情にはなるべく出さないようにしたのだが、経験則であっさりと分かってしまったらしい。それでも真意を言うつもりはない。

  しかし自転車を使った訳じゃないし、荷物だって持っていない。これでは一度家に帰ったのは明白だろう。コンビニに行ったなどという言い訳も通用しない。

  「そんなことはねぇよ。あれだ。学校に行ってないと運動不足が酷くてな。ちょっと意識変えようと思ったんだよ」


  走ってきて、汗もちょうどかいているし我ながら悪い言い訳ではない。


  「それはいい心がけね。私も運動しないとまずいかしら」


  「……それは別にいいんじゃねぇの?」


  夜空はお腹の方を見ているが、腹が出ているということはない。

  夜空は痩せ型だし、そもそも食生活に自制の効いてるやつは太ることもないのだから。


  「それよりお前もこんな夜分に何を?」


  俺はこっちの方が予想外だ。夜空が夜に徘徊する趣味はないと思う。ならどうしてここに。


  「はあ……。あんまり見られたくはなかったのだけれど、夕食を買いに」


  ぶら下げていたレジ袋を掲げる。中には惣菜やらが入っているのかプラスチックの容器がちらと見える。

  ちゃんと料理をしていそうな夜空としては惣菜なんていうもので夕食を終わらせるのは納得がいかないようでため息をついている。


  「お前は自分で料理するイメージあったけどな」


  「するわよ、いつもは。でも今日は誕生日会あったから……」


  「ああ、なるほど」


  つまり夕食の準備がままならなかったから惣菜で埋め合わせようという腹らしい。しかしそれにも疑問はある。

 

  「それで流成さんは? 女子一人で夜分歩かせるとかさすがにないだろ」


  「私一人よ。別に家から近いから大丈夫でしょう」


  「ふーん。ここらへんに住んでるんだな」


  「ええ。マンションだけど」


  そんな自然な会話が繰り広げられる。いや俺は自然を心がけているので、本質的には不自然かもしれない。

  だがそれもほどほどにして会話を切り上げようとする。娘の帰りが遅いのは流成さんも不安だろう。時期も時期だし。

  だが今日は自然に会話が切れない。時計もないので詳しい時間は分からないが、十分くらいでそこで喋っていた気がする。すると気が抜けた時にお腹が鳴る。どうやら自分のだ。


  ご飯を食べてないのでお腹も鳴るだろうと納得していたが、夜空はその語りをやめ、一つはあ、とため息を吐く。

  そんなに気に入らないことがあったのかと不安になって見るが、夜空は決然としたように口を開く。


  「……あなた家出したきたでしょ」


  「してないな、全く。俺は一生家にいるつもりなんだ。家出なんてありえない」


  はっきり言って図星だったが、俺はおどけたように言い訳をつらつら並べる。

  だが内心はかなり焦っている。どうしてそんなことが分かったのか。そんな疑問が同時に湧く。


  「よくそんな言い訳立て板に水のごとく出てくるわね。逆に感心するわ」


  そうは言うものの表情は笑ってはいない。瞳には何か確信めいたものが宿っている。それはおそらく俺の家出を確信している。

  そこで分かった。どうして俺が家出したことを悟ったのか。

  腹が鳴るということは当然、お腹が減っているということだ。そして俺は運動していると言い訳したが、それは普通に食後に行われる。

  そこには矛盾が生まれてしまっている。ならどちらかは嘘だ。それなら生理的な方のお腹が鳴ることを信じるのが当然だ。

  そしてこの不自然に続いた会話も全て俺がぼろが出すように夜空が仕向けたものということだ。実際、俺はぼろを出した。

  その点、夜空の頭の回転は驚嘆するほど早く、俺の嘘を簡単に暴いた。こうなったらもう逃げれない。


  「ふん……。そうだよ、家出してきた」


  両手を上げて降参のポーズをとる。ばつが悪い気持ちが胸に充満する。


  「どうして?」


  「それは言えない」


  夜空が理由を尋ねるが、俺はそもそもそれに取り合う気がない。拒否の意を早めに伝える。


  「強情ね」


  ポツリと夜空は呟く。夜空はある程度、俺が家出した理由に見当がついているのかもしれない。だから意味がないと言葉裏に伝えているのだ。

  それでも俺は言う気にならない。沈黙を決め込んでいると、夜空が突如として語りかける。


  「あなたが話さないならいいわ。その代わり私の話を聞いて」


  「あ、ああ……」


  特に断る理由がないのと夜空があっさり引いたことに困惑し、一応、聞く素振りを見せる。


  「改めて誕生日会開いてくれてありがとう」


  「うん、まあ」


  ぺこりと夜空は頭を下げる。それに頷きを返す。

  急にどうしたと思ったが、今日が誕生日会だったし、夜空の感性からするとお礼を言うのは当然かもしれない。


  「あそこで感想はあんまり言わなかったけど、こんなの初めてで楽しかったし嬉しかった」


  「それは何より」


  夜空に喜んでもらえるかがこの誕生日会の焦点だったので、素直に感想を聞かされるとやった甲斐があるというもんだ。


  「プレゼントもセンスがいいし、大事にするわ」


  ちらと足元を見ると早速履いてくれている。相当気に入ったということだろうか。


  「……スニーカーについては春野に感謝述べた方がいいぞ。デザイン選んだのは春野だし」


  春野に感謝した方が喜びそうだし、しかも春野はこの誕生日会の主宰・企画・進行etc.MVP並みの大活躍をしているので、礼を言うならそっちが筋だろう。

  そして何より面と向かって礼を言われると恥ずかしいのでなるべく避けたい。


  「もちろん今度会ったときに言うわ。でもあなたも礼を受けとる権利はあるはずよ。スニーカーっていう案出したのはあなたみたいだし」


  「数あるうちの一つだよ。最終的に出た案をまとめたのも春野だ。俺はそんなにやってない」


  「強情ね」


  今度は少し苦笑いしながらその一言を発する。仕方ない。どれもこれも認める気はないのだから。


  「まあ、いいわ。いつもあなたはそうなのだし」


  「……そうだな」


  考えてみれば俺はいつだって言い訳に言い訳を重ねて、本心見せることはなかった。初勤務の時も春野が相談した時も夜空にクリスマスプレゼントを渡した時も。


  「それで今日初めて感じたことがあるのよ。今まで私は友達とかいなかったから、こうやって誕生日を祝ってくれる友達がいてとても嬉しかった。それと同時に」


  そこで一旦、言葉を切る。夜空の表情を窺うと少し目を伏せている。


  「私を信じてくれる人がいるのに、私はなんて友達不幸なのだろうって思ったのよ」


  「友達不幸」


  夜空が出したワンフレーズを繰り返す。その言葉の推し測ろうとすると何となく意味が分かる気がした。


  「私はずっと自分の問題のことを話すのは好きじゃなかったのよ。こう……余りに重い問題で迷惑がかかりそうだから」


  確かに今まで夜空がこうして問題について語ろうとする姿勢を見せたことはなかった。その理由は夜空らしいと言えば夜空らしかった。


  「でも気づいたのよ。友達は迷惑でもいいから頼られて欲しかったことに」


  以前の春野と話した夜空評を思い出す。自分の弱みを見せない。ヘルプもしない。だから自分たちは待つことしかできないと。

  しかし今はどうだろう。夜空は俺たちの心情を慮った上で、今までの自分の助けを拒否した行いを振り返った。と考えると次に来る言葉は容易に予想できた。


  「だからあなたに、あなたたちにお願いがあるわ。その、わ、私を助けてほしいの」


  夜空は先ほどよりも深々と礼をする。長い髪がかかりどんな表情をしているかは分からない。けどきっといつもの凛とした表情をしているのだろう。

  やっと出た俺たちの望んだ言葉。少し噛んでしまっているが、それも助けられていない感じが出て初々しい。これを受けない手はない。


  「……合点だ」


  俺は短い言葉で了承する。

  そして俺はその瞬間、負けたな、と思った。何故かは分からない。説明もできない。けど確かにそう思ったのだ。

この話からラストに向かって急速に進んでいきます。感慨深いなあ、と思いながら丁寧に書きました! よろしくお願いします!

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