四章 第13話 朝比奈尾道の依頼
流成さんの愛車のエンジン音が夜の静な町の中に響き、やがて溶け込んでいく。
俺の心情はただ一つ。……どうしてこうなったんだ。
運転席には流成さんが座り、軽快に運転をしている。俺は普通に後部座席に座ったのだが、隣には夜空がいる。俺の方を全く見ることなく、車窓の外の景色を見ている。
流成さんが「ついてこい」と言ったからこうして大人しくついてきているのだろうが、はっきり言うと夜空がいるおかげで口を開きづらい。
はあ、と一つため息をつく。それで俺の思っていることを一瞬で察したのか、流成さんはこう訊いてくる。
「暇かい?」
「いや、まあ……」
正直暇も何もただ家まで送って貰っているだけなのだが、暇であるのもまた事実なので一応、返事はしておく。
「夜空、相手をしてやり」
「なぜ私が……」
平然と言い放つ流成さんに夜空は困ったような声を上げる。実際、その一言に俺も辟易しかけたのでお互い様だろう。
「はあ……。なんで家出してきたの? 最終学歴中卒なのを親に咎められた?」
「ストレートだな、おい……。だいたい最終学歴に関してはお前と俺は同じだ」
「話を逸らさないでくれる? 『何で』って訊いたのだけれど」
夜空はその長い髪を掻き上げて、目を細める。
夜空の言葉にはそもそも同情やら相手を慮るということがない。だが今の言葉の口調はいつもより厳しく、俺の中にある罪悪感も合わさって正直、針のむしろだ。
「……黙秘権を主張する」
「強情ね」
さっき聞いた言葉を繰り返される。たがその後が異なっていた。
「でも私は言ったわよ」
その瞬間、夜空の方を見る。夜空は得意気に笑っている。その笑顔を見て、俺はさっきの「負けた」と思った理由を唐突に理解する。
そうなのだ。こういう所が夜空の美点なのだ。
たとえどれだけ優秀で才能があって孤高であったとしても、それに驕るようなことは絶対にしない。それどころか自分の足りない部分を積極的に見つけ出し、修正しようとする。
天才でさえそうなのだ。なのに俺みたいな凡人、凡人以下の人間が惰性を貪っていていい訳がない。
だから素直に悪い所を認める正直な夜空と悪い所を認めず逃げるひねくれ者の俺には大きな隔たりがある。言い換えれば一生埋まらない差だ。
埋まらないのは分かってる。でも、でも……少しでも孤高の領域にいる夜空に寄り添えるように、俺はその差を埋める努力をしなければならないのだ。
「……聞いても面白い話じゃないぞ」
なら手始めに、俺も夜空のように助けを求めるのが正解なのだろう。
「……ええ、それでもいいわよ」
夜空がこくりと一つ頷く。
そこからは俺が家出した過程を事細かに話す。どうも自分語りは馴れていないので、自分の思いを吐露しようとすると話が長くなってしまった。
夜空は俺が話す間は何も言わず、時折相槌を打ちながらただ耳を傾けていた。その完全に受け手に回る感じは非常にありがたかった。
「……で今に至る訳だが」
「終わり?」
「ああ。これで全部だ」
俺がはっきり終わりを宣言すると、夜空は「そう」とだけ呟く。そして悩み込むような態度を見せる。
「難しい話よね」
ポツリと夜空はコメントする。全くもってその通りだ。
家族の問題ほど厄介なものはない。他人なら最悪、関係性を切ってしまえばそれで煩わしさはなくなるが、家族ならそうはいかない。血だけは決別できないのだから。
「で、あなたはどうしたいの?」
「どうしたい、か……」
どうしたいと言われても答えられるものは生憎、持ち合わせてはいない。
だが俺はこれ以上、何も言わないというのはやめたはずだ。例え拙くても言葉に出そうと思い、口を開く。
「まあ、なんだろうな。こう、言葉にするのはムズいけど……。その、よそよそしさをなくして、腹を割って話せたらいいなって……」
一応は口に出したが、要領を得てなくて本当に申し訳ないと思う。だがそれだけ色んな感情が渦巻いているのだ。
どうして母の大変さを知っていながら海外へ行ったんだという怒り、父親がいることへの嬉しさや逆に煩わしさ。そんな言葉にならない、それでいた相反した感情があるのも事実だ。
夜空はきっとそれを分かった上で頷いている。だがそれでも不安になり訊いてみる。
「意味分かるか?」
「あなたが口に出した言葉の裏にもたくさんの感情があることだけは分かる」
「完璧に理解してるな……」
あまりにも理解できすぎていて、思わず苦笑してしまう。天才少女は思慮深さもお持ちらしい。
「まあ、こういうのは全て言語化するのは簡単じゃないものね」
そう言って夜空は窓の外を見る。星空が煌々と光を帯びている。その景色に彼女はいったい何を感じたのか。それが分かるのも容易ではない。
その姿を見て、俺はある一言が口を衝いて出る。
「……こんなに親のことで迷う俺はおかしいか?」
「おかしいと思うわよ」
夜空が即言い返す。まるで夜空特有の快刀乱麻が出たようだった。やっぱりそうだろうか。本来、両親がいるのは喜ばしいことで片親しかいないのは不幸なのだろうか。
そう不安がっていたが、夜空の言葉には続きがあった。
「……世間一般的にはね。でも私はそうだと思わない」
「つまり?」
「親がいることが本当の幸せの形じゃないってことよ」
その言葉に俺はとても納得ができた。確かに俺は母親しかいなくても全く不幸だと感じたことがないし、夜空は逆に母親がいることで人生とか生き方が大きくねじ曲げられている。
これすらも本当は簡単な話じゃないのだろう。それでも一つだけ言えることはあった。
夜空が言いたいのはきっと親がいて、その上で良い関係性を築くことが幸せなのだということだ。
夜空にはそれが既に潰えてしまった。母親との関係は修復不可であると、そんなことは夜空も流成さんも春野も、もちろん俺も分かっている。分かっていないのは月子さんだけだ。
けど俺はどうだろうか。まだ父親となら関係性を修復、いや一から造り上げることは可能かもしれない。
なら出てくる言葉は自ずと決まってくる。
「……なあ夜空、一つ頼んでいいか?」
「いくらでも」
夜空は瞑目しながら快く了承する。間を一つ置いて話す。
「俺は自分の問題は一人でけりをつけたい。ずっとそうだったからな」
「いつもあなたはそうだったわね」
その夜空の言葉は春野がいつか言ったことと重なるものがあった。そこには批判的なものもあるのだろう。だが俺はそれに構わず言う。
「だからお前は見守ってくれ。そして……俺に勇気をくれ」
出来る限り力強く言う。嘘偽りない真実を言ったということを伝えたかったのだ。嘘も偽りも普通に使う俺が。
「……勇気。難しいわね」
夜空は苦笑する。確かに勇気と言われても抽象的でなんのことやらと思うだろう。だが次に夜空はこう言ってくれる。
「でも分かったわ。あなたの依頼受けるわ」
「……悪い」
俺はそれを聞いて安心感を覚える。きっと夜空なら本当に『分かっている』に違いないのだから。
そこからは車内で誰もが無言を貫く。しかしそれは不自然な間ではなく、むしろ心地よい間だったと思う。きっと誰もが救われた気になってるはずだ。
やがて車は路肩で止まる。備え付けのカーナビが「案内を終了します」と告げている。どうやら出発する時に設定した目的地へ着いたらしい。
「着いたよ」
流成さんが一言、俺に伝えてくる。それを聞いて俺は車のドアを開ける。
「あの、流成さん。今日は本当にありがとうございました。家に上げさせて頂いたのもそうだし、……遠回りしてくれたのも有り難かったです」
「ははは。ばれてたか」
流成さんは声を上げて笑う。まあ、俺が走りで来れた距離だ。どう考えても車だったら10分ほどで着くはずだが、30分ほどかかってしまっている。遠回りしたのは明白だ。
だがその気遣いのおかげで俺は心の安定を得られた。ならこれは流成さんの手柄なのだろう。本当にできた大人だと感じる。
「それと夜空。その……絶対助けるからな」
言葉を絞り出す。おかげで少し声は掠れてしまったが、それでも夜空は今日一番の笑顔を見せる。
「ありがとう。期待してるわ。それじゃあ、また」
「ああ、またな」
お互いに手を振り合ってからドアを閉める。まもなくすると車は走り出す。それが見えなくなるまで見送ってから俺は家に向かって歩みを始めた。
肩の重荷が既にすっ、と消えていて足取りも軽い。ここを出てくる時とは精神面に大きな違いがある。これも全部、夜空と流成さんのおかげだ。感謝、感謝。
その恩を俺はどう返せばいいか。そんなことを思う。しかしそれはもう決まっている。夜空を助ければいいのだ。
だが障害も多くある。母親との関係、膳所との結婚云々の話、他にも流成さんの後悔等々……。考えればキリがない。
難儀なことだ。本当にそう思う。けれど、口許は吊り上がっていて笑っていた。それに驚きと戸惑い覚える。
だが思い当たる節はある。きっと俺は助けを求めてくれたことが嬉しいのだ。絶対に救ってやらねぇとな。そんな思いを胸に俺は帰宅の途につく。
このサブタイトルは四章第11話と対になっています。確か誕生日の時も対になってた気がします。やっぱり長く連載を続けると、サブタイトルにも味がでてきて面白いと思ったり。個人的に一番好きなのは三章第21話です!




