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四章 第14話 環春野のひらめき

  パラパラと本の頁を繰る音やカリカリとシャーペンの芯が動く音が図書館の静寂の中で響く。

  だがうるさいという感想はまるで抱かず、それが耳に入れば入るほど意識が一段階、沈むような感覚さえ覚える。

  それに加えて本のわずかにかびたような匂いが、逆に安心感を与えとても心が落ち着く。それによって自分のシャーペンを動かす手も心なしか捗っているような感じだ。


  「……ええっと尾道くん?」


  その静寂の中、声をかけてくる人物がいる。声音だけで分かる。環春野だ。

  シャーペンを動かす手は止めず、顔も上げないままで返事をする。


  「ああ、そうだ。どうかしたか?」


  「やっぱり尾道くんだ。顔が下向いてたから、一瞬誰かと思ったよ」


  えへへと春野は笑いながら隣に座る。

  今日の格好は学校指定のブレザーだ。恐らく学校帰りにここへ寄ったという感じだろう。まあ、俺もこうなることは折り込み済みだったので17時という時間に会うことを約束したのだ。


  「悪いな。急に呼び出して」


  「全然いいよー。部活もやってないし。それに尾道くんの頼みならいつでも……」


  そう言いながら春野は隣でもじもじとしている。今更なんだがなんで隣座るの? その態度を隣で見せつけられるって俺もすげぇ恥ずかしいんですけど……。

  そのせいで返事もしづらく、形式的なものになってしまう。


  「ああ、うん。そうか。……それでまず、最近夜空に会ったか?」


  「まあ誕生日会から十日は経ったしね。何回か会ってるよ。尾道くんはいなかったみたいだけど」


  「そうか。じゃあ依頼の話は聞いたか?」


  すると春野の表情が少し固くなる。今回、どうして呼び出したのかなんとなく察しがついたのだろう。


  「まあ聞いたけど……。その前に!」


  ピンと人差し指を上げ、そのまま俺を指してくる。えっ、なんか裁判における容疑者になった気がして怖いのだが……。


  「夜空の家にお邪魔したってホントかな?」


  かくんと首を右に傾けて訊いてくる。案の定、怖いやつだったことにダラダラと汗が吹き出す。冷房が効いてないのかな……。違いますね、はい。


  「いや、まあ本当です……。でも! 流れというかなんと言うかですね……」


  「だーかーらー言い訳は訊いてない」


  いつか買い物に行った時だろうか。その時に同じようなやり取りをした気がする。本当に人間は成長しないなと思うし、逆に春野の束縛はきつくなってると思うんですよねー……。


  「言い訳は訊いてなくて、その、本当なんだね……。私が側に居たかったのに……」


  春野はそっと目を伏せる。その瞬間、俺は唐突に理解する。そうか。春野は別に嫉妬している訳ではないのだ。ただ俺を心配して、そして辛い時に一緒に添い遂げたかったのだ


  「……別に大丈夫だ。それで何か変わるわけでもないし、流れって言ったろ」


  「うん。そう、なのかな……」


  そう言いながらあははと笑う。けれどそこにいつもの快活さはなく、どこか疲れたような笑いだ。

  それが居たたまれなくなって、さっさと本題に入ろうとする。


  「それでなんだが、依頼の話を聞いたなら話は早いな。今日はどうやって夜空を助けるか、考えるためにお前を呼んだ」


  すると春野「ほー」とか「ふむ」とかあまり意味のない言葉を発する。まあ、でも今日の目的は分かってくれたみたいなので一応それでいい。


  「確か依頼内容は……『助けてほしい』だっけ?」


  「ああ、そうだ」


  「なんか夜空にしては抽象的っていうか、なんて言うか……」


  春野は夜空の依頼をそう評する。まあ、実際言ってることは当たっている。だが俺の解釈は違う。


  「抽象的なのはそうだが、その分こっちが好きな方法で助ければいいっていうことだろ。一任してるってことだ」


  「それは信頼?」


  「もちろんだ。それは春野も見れば分かるだろ」

  春野はこくんと一つ頷く。恐らく今のやり取りは夜空の意志についての確認、より詳しく言うなら通過儀礼なのだろう。


  「……よし。じゃあ助ける方法を考えるぞ」


  と厳かな声を出す。つくづく自分には似合ってないなとは思う。

  まず脇に置いてあった鞄から、B4の用紙が束になったものを取り出す。


  「とりあえずこれを見てくれ」


  「これは?」


  「俺が考えた解決法リストだ」


  そこには夜空の救済法について色々と書かれている。現実的なものから非現実的なものまで、約10日間とにかく思い付くまま羅列してみた。


  「うわー。頑張ったね」


  パラパラとそのリストを捲りながら感心したような声を上げる。しかしこうして客観的にリストをみると、やり過ぎた感が出る。なんというかマジすぎるというか……。

  少し恥ずかしくなっていると、春野が恐る恐る訊いてくる。


  「あ、あのー。これでいいアイディアってどれ?」


  「ん?」


  「そのどれがいいか分からなくて……」


  俺は手を額に当てる。オーマイゴッドと言いたい気分だ。きっと春野何がよくて、何が悪くないとか分からないという状態なのだろう。

  何か言わずにはいられない気分になって、思わず口を衝く。


  「それで勉強は大丈夫なのか? あと詐欺とか」


  「馬鹿にしてるでしょ、それ」


  「してる」


  何でもない風にそう言ってやると春野はぷくーっと頬を膨らます。


  「むー。確かに資料読むのは苦手だけどさー。最近は成績いいんだからね」


  「自分を騙して嘘ついても空しいだけだぞ」


  「なんで嘘って決めつけるの!?」


  ガタッと勢いよく立ち上がり抗議するが、図書館の中ではその声がよく響いたおかけで一身に注目を浴びて、渋々座り直す。


  「決めつけっていうか帰納的推理だ」


  昨年度の学年末テストでは留年だかなんやらでてんやわんやになった印象がある。結果的に勉強会を開いたことで留年は回避できたみたいだが、それからまだ三ヶ月しか経っていない。大きな変化があるとは思えなかった。

  すると俺の反応があまりにも気に入らなかったのか春野は鞄の中から一枚の紙を取り出し、渡してくる。


  「なんだこれ」


  「ちょっと前に受けた模試の結果」


  ごく簡単に説明してくる。なぜ急にと思い、軽くそれを眺めるがそこには衝撃的な数字が並んでいる。


  「春野が平均を越えて偏差値58だと……? いや待て。これはおかしい」


  「何がおかしいし!」

 

  よくよく考えると数字的におかしいのは何もない。偏差値が80を越えてることもないし、突出した点数がある訳ではない。恐らく進学校の生徒には負ける成績だ。

  だが春野が、学年末では赤点常習犯の春野がここまでの結果を出していることに愕然とする。


  「お前……カンニングはよくないぞ」


  「尾道くん、自分の方が頭いいと思って、とことん馬鹿にしてくるね……」


  いや、もうそれしか考えられないのだ。どうしても春野がこの成績を実力で取るのが信じられず勘繰ってしまう。


  「しかし何でこんな成績急上昇中なんだ?」


  「うーん。未だにすみれと片桐くんとは勉強会開いてるし、それに……」


  「それに?」


  「とりあえず国立大に行きたいんだよね。だから目標達成のために頑張ってる」


  「まさか春野の口から国立大という言葉が出るとは……」


  思わず目頭が熱くなる。なんとも感慨深いやりとりだ。勉強においては無類のぱっぱらぱーを誇る春野がここまでやってるとなると、感涙を禁じ得ない。


  「それも馬鹿にしてる気がするけど……まあいいや。それで本題はそこじゃないでしょ」


  「まあな」


  気を取り直したように言う。ええっと、と先ほど話していた内容について思い出そうとする。ああ、そうだ、そのリストのことか。


  「基本的には俺がふと思い付いた愚策だ。その中からいいのあったら、改良して助ける方法にしようと思うんだが……」


  「ほー……」


  春野は相槌を打ちながら、リストをパラパラと捲っている。先ほどの言葉通り、愚策ばっかりで見てもらうのも非常に心苦しいのだが、その中でも春野は気になったものに反応する。


  「この『対決』……って?」


  「えっ、いや、それは……」


  はっきり言って覚えてない。多分、就寝前に本当にふと思い付いたやつだろう。もしくはどっかの漫画に影響されたか。

  記憶に全くなくてどう説明しようか、焦っていると春野はペロリと舌を出す。


  「いいこと思い付いちゃった」

やっと投稿できる分の原稿が完成しました! 連載再開です! この部分を書いてる時の心情は「速筆の人ってうらやましいな」です。

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