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四章 第2話 扇町月子の提案

  窓の外を見ると、暗雲が立ち込め雨が降っている。それとほぼ同時にガタガタと強い風が窓を揺らす。ここ数日はずっとこんな感じだ。まるでその景色がデフォルトであるように思えるほどに。

  六月も中旬に差し掛かり、気象庁によるとこの地域は既に梅雨入りしたらしい。

  梅雨特有のどよんとした空気感はカフェ「三ツ星」の中にも伝染している。静かなのは元々だが、雨で客の足取りも鈍く、閑散としているというのが正直なところだ。

 

  「お客さん、来ないですね」


  「雨の日はいつもそうだよ」


  流成さんは器具のメンテナンスをしながら、なんでもない風に言う。すぐ言えるあたり年季が違う。


  「カフェに行くことを第一目標にする人は多くないからね。雨の日にわざわざ出かけることもないってことだろうね」


  「なるほど」


  俺がひとりでに納得していると今度は夜空が口を開く。


  「お客さんがいないのは気になるかしら?」


  「いや、大丈夫なのかなって。その、生計とか……」


  流成さんは快活に笑い飛ばす。


  「問題ないよ。梅雨さえ越えれば"夏"という最大の書き入れ時がやってくるからね!」


  「そんなに来るんすか?」


  「そうだよ。夏は出歩く人も多いし、暑さにやられて一休みっていう人も結構いるからね」

 

  そこで俺は納得した。確かに休憩とかならカフェで一服というのは定番だ。特に夏なんて歩いているだけで体力消耗するのだから、さぞかしカフェは繁盛するだろう。

  つまり梅雨が明ければ正念場ということだ。これは熱い夏が始まりそうだなあ。


  「もし今月利益が少なかったら、朝比奈くんの給料を削ればいいだけなのだから問題ないわよね」


  「ちょっと夜空さん? それは酷いんじゃない?」


  「知らないの? 最大のコストは人件費よ。だからここを削れば採算がつくわ」


  「それは禁じ手だろうが……」


  夜空の言うことは間違ってないが、同時に従業員の信頼を失うリスキーな手段だ。

 

  「冗談よ。夜空ジョーク」


  「お前はたまに本気だから、その言葉も半信半疑だわ……」


  ふふふと口許をおさえ夜空は笑う。こんな表情を見たのはいつぶりだろうか。

  問題が解決した訳じゃない。それでも時間の流れというのが少しは役に立ったらしく、晒されていた傷口もかさぶたくらいにはなったのかもしれない。

  その証拠にいつも通りの毒舌は吐くし、俺をなじって嬉しそうにしている。……なにそれ、めっちゃドSじゃん。


  店内が静かなので笑い声はよく響く。それだけではなく、客もいないので遠慮なく声を上げている。

  だがその声は車のエンジン音で掻き消される。窓の外を見ると雨が降る中、一台の車が停まっている。それに流成さんは反応する。


  「あー。あの車、そこに停まろうとしてるのかな。困るな……」


  カフェ「三ツ星」は国道沿いに建っている店だ。今日は雨といえどそれなりに交通量の多い場所にある。よって駐車に関しては結構厳しいのだ。


  「ちょっと行ってくる」


  だがそんな流成さんの心配も杞憂だったらしく、そう声をかけた瞬間、車はどこかへ行ってしまう。見た感じ黒塗りの高級車だった。

  そして流成が向かった扉が開く。どうやら先ほどの車は送迎しただけらしい。

  しかしカフェ「三ツ星」の面々は入ってきた客を見た時、凍りついた。招かねざる客だったからだ。

  入ってきたのは黒いスーツに身を包み、ロングの銀髪を靡かせる扇町月子、夜空の母親であった。髪は雨のせいか少し濡れていた。

  彼女に後ろから付いてくる人もいる。前の出店でも見た背が高く若い男性。同じようにスーツに身を包んでいる。確か名字は膳所と言ったか。


  「いらっしゃいませ」


  いち早く硬直の取れた俺がそう声をかける。だが月子さんは俺の方など見向きもせず、元家族を見据えている。

  そこで口許を緩め、ふっと笑う。


  「雨のせいか……人はいないのね」


  おいおい。とんでもない皮肉飛んできましたね。ここらへんはやはり夜空に似ているのかもしれない。

  自分が言った言葉などなんでもないという感じで、夜空と対面するようにカウンター席に腰かける。男性はその隣に座り、俺と向き合う形になる。

  ……この反応で分かった。月子さんは今の一言になんの感情も抱いていない。ただの挨拶という感覚なんだろうな……。


  俺はあくまで無関係なので、そう冷静に分析できる。きっといらっしゃいませと言えたのも無関係だったからだろう。

  けど夜空と流成さんはそうもいかない。押し黙ったまま、睨み付けている。その瞳には怒りや辟易、その他諸々の感情が見て取れた。


  「アイスコーヒーを二つ」


  月子さんはメニュー表を一瞥しながら注文する。二人は動く気配がない。仕方なく俺が淹れることにする。


  「はあ……。なんで来たんだ?」


  流成さんがやっとのことで口を開く。俺は準備をしながら耳に入れる。

  アイスコーヒーは基本的にその場で淹れるが、冷蔵庫に一応、冷やしておいたものが入っているので、それを取り出しカップに注ぐ。俺でもできる簡単な作業だ。


  「近くで商談をしてたのよ。そのついでに」


  「前も言ったよね。あなたがついでに立ち寄るなんてありえないと」


  月子さんはひらひらと手を振る。真意を見破られて降参のポーズだろうか。その割には口元に笑みを湛えたままだ。

 

  「アイスコーヒーです」


  一瞬、できた間を埋めるようにして俺がアイスコーヒーを目の前に差し出す。

  ありがとう、と小さく呟きコーヒーカップに口をつける。こくりと喉が動く。そして噛み締めるように一言。


  「美味しいわね。誰が淹れたの?」


  「自分じゃないです」


  「知ってる。で誰なの?」


  おお、ナチュラルに俺の言葉スルーしたぞ。しかも俺の方など一度も見ていない。

 

  「はあ……。私よ」


  「やっぱり」


  目を瞑り、もう一度口をつける。視線は夜空に固定されたままだったので確信を持っていたのだろう。


  「どう雪村君、美味しい?」


  「美味しいです。前のカヌレといい料理がお上手だ」


  鈴がなるような声で褒め言葉を口にする。

  男の下の名前は雪村と言うらしい。膳所雪村。月子さんとの関係性が全く分からない。だが俺は少なくとも一目で気にくわないと感じた。

  なんかもう雰囲気が許せない。そのいかにも爽やかな感じで見た目だけなら完全にスポーツマンだ。

  身長は180くらいはありそうで、体型はシュッとしている。顔は……ぶん殴って人前に出れなくしてやりたいほどのイケメン。それでいて物腰は柔らかいときた。

  完璧な人間は見ていてイラッとする。生きてるだけで皮肉が効いていて、劣等感を感じざるをえない。


  「今日、実は提案があってきたのよ」


  月子さんはおもむろに口を開く。

  俺は多分、眉を潜めていただろう。俺の知る限り、扇町月子という人間は下手に出て提案などしない。嫌な予感がした。


  「提案? 笑わせないでくれ。どんなことであろうも受け入れるつもりはないよ」


  流成は顔を歪ませ、強い語気で言い放つ。俺と同様、嫌な予感がしたのだろう。


  「あなたにじゃないわ」


  「……っ」


  この空間が一瞬で凍てつくような冷えた口調で月子さんは言う。この瞬間も流成さんの方は微塵も見ていない。

  その態度に流成さんはどう思っただろうか。怖くて俺は表情を見ることはできなかった。


  「夜空、今年で何歳?」


  「……17」


  「ふん……ちょうどね。ねぇ」


  ねぇ。ただの呼び掛けの言葉。だがその言葉を吐き出した唇に吸い込まれそうになるくらいに妖艶な響きがあった。

  渋々応じた夜空もその一言に思わず閉口する。


  「夜空。あなたもそろそろ身を固める時期だと思うのよ」


  「は?」


  すっとんきょうな声が出たのは俺の方だった。何が言いたいのか意味不明だ。

  先ほどの通り俺には目もくれない。月子さんは言葉を続ける。


  「この膳所雪村君っていう子はとてもいいわよ。優しいのと礼儀もちゃんとしてるし、何より優秀。だからね」


  月子さんがペロリと舌で上唇をなめる。その瞬間、目が見開く。


  「この子と結婚するのはどうかしら?」

この回で四章の主題がかなり明らかになったと思われます。彼・彼女はこの問題にどう立ち向かうのか。これからも必見です!

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