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三章 第2話 星合夜空への謝罪とからの謝罪

  「まずお前に謝ることがあってきた」


  そんな語り口から話は始まる。夜空は瞑目して何かを噛み締めているかのようだ。


  「何も伝えずに勝手に仕事やめてすまなかった」


  また頭を下げる。今日はそういう日なのだろう。

  夜空は微動だにしない。考えているのは一目瞭然だ。俺の仕事復帰はこいつに全て懸かっているのだから、少しは考えてもらわないと困るが。

 

  「……それだけ?」


  小さな声だ。だが静かな店内にはよく響いた。


  「もちろんそれだけじゃねぇさ。お前に下手な質問を聞いたのも悪かった。電話だけで伝えたのも悪いし、何より自分で決めすぎた」


  これは俺の正直な気持ちだ。そこには何も不純なものは混ざっていない。


  「本当にそれだけなの? こんなことなら出禁にするわよ」


  本当に厳しいのな、お前。そんな言葉が出かけるが、こいつに引け目があるのは何も言うことができない。


  「はあ……まあ当然よね。あなたは酷い人間だもの」


  「……あんま言いたきゃねぇけど、そう言うお前も酷いぞ」


  ここまで失望することなくない? こいつのことだし、むしろ俺の人間としての底はわかりきってるだろ。


  「あなたほどではないわ」


  おや、これは……?


  「そうだな、俺ほどじゃない。俺はこんなこと何回もやってるからな。……だから鈍いんだ。お前が酷いと思った行為も俺にはそう映ってないかもしれない」


  ずいぶんと回りくどい言い方をしたものだ。素直になればいいものを。けど俺にはこうすることしかできない。唯一の救いは夜空はこれだけで言わんとすることがわかることだ。


  「……あの時、『また』を言わなかったのよ」


  黙って聞く。意味はわからないが、これが俺の無言の問いの答えなのだろう。


  「あの時って言ってもわからないでしょうね。あの時よ、買い出しに行った」


  「そんなこともあったな」


  だんだんと思い出してきた。確かに俺はあの時、靄がかかったような思いがした。『またな』と言わなかったことにつっかかりは覚えていたのだ。


  「でもそんなことか?」


  下手な事実を告げられるよりもこちらの方が圧倒的に驚く。こいつは意味のないことは省く。言い換えれば効率的なのだ。

  伝えるべきところはここではない。そんなことを思ってしまった。

 

  「そんなことよ。あなたにはわからないでしょうが」


  わからない。わかるはずもない。さよならなんてこいつが好きそうな言葉でもない。なら何かのワケがあるのだ。ならば。


  「ああ、わからんよ、さっぱりな。でも俺は教えて欲しいんだ。わからないのはもう嫌なんだよ」


  学校ではわからないことだらけだった。わからないながらもどうにかしようと試みて、どうにかなったが、それはたまたまだ。確実に上手くいく方法は思い付かなかった。

  全てをわかりたいとは思わない。情報というのは重荷であるから。それでも掴めるものなら掴んでおきたいのだ。知らなかったということがないように。


  「あんまり教えたくはないわね。あなたは嘘を憑くもの」


  「ぐっ……」


  これは返せない。だって俺は嘘憑くし。多分これからも必要なら嘘を憑いていくに違いない。


  「けど私も嘘を憑いた。お互い様ね」


  嘘? 俺は首を傾げる。別に憑いた覚えはないけど。


  「その顔だと何もわかってないわね。滑稽だわ」


  ふふと夜空は口元を押さえる。こんな表情は久しぶりだ。

  悪かったな、滑稽で。こいつの嘘なんてそもそもわかるわけない。嘘をそもそも憑かなさそうだし、しかもそれを隠すのは上手そうだ。


  「その嘘なら教えてあげてもいいわ」


  「そうか、助かるよ」


  そこで夜空は一旦、髪を払う。銀髪で日本人離れした美しい髪を。


  「買い出しに行った日、私遅れて来たわよね?」


  「……そうだったな」


  あの時は珍しいと思ったものだ。夜空が遅刻なんていう普通の失態を犯すのが考えられなかった。だからあの時は夜空の傍若無人ぶりが出たのだとすっかり思っていた。


  「あれは来客があったのよ。誰だと思う?」


  「さあ、業者か?」


  ここまで言って何か嫌な予感がしてくる。よく勿体ぶるやつがいるが、そういうやつはだいたいどうでもいい。ならわざわざ夜空が勿体ぶる理由は?


  「違うわ。私はあの日、仕事は休みで家にいたのよ」


  その言葉にぴくりと反応する。


  「まさか……」


  「勘が鋭いのか、もう全部知ってるかはわからないけれど、そうね、来客は……私の母だったのよ」


  母。その言葉はひどく無機質なものだった。りんごとか虫とかなんかの思い出もないものと響きが似ていた。それが距離感をまざまざと感じさせる。


  「それは……勘じゃない。聞いたんだ、流成さんに」


  情けないと思う。いつかこうなることは覚悟していたはずなのに、いざとなったら関係ないことしか言えないなんて。


  「……そう」


  やはりその反応か。俺が言及を避けた理由はさすがにわかるだろう。

  またもや静寂。全く嫌になる。静かなのは嫌なんだよ、自分の正体を上手く隠せないから。


  ふと思う。ここまで夜空が話してくれたのは、俺のことをそれなりに信頼しているのか。違うかもな。でもここまで話すのは何らかの感情があるのだろう。

  だったら少し踏み込んでもいいのかもしれない。今日くらいは。


  「その……母親には何て言われたんだ?」


  おずおずと聞いてみる。

  すると夜空はふっと息を吐き、俺から目をそらす。


  「別に何もないわよ。あの人はいつもそう。私は利用価値のあるモノでしかないから。モノが反抗するなんて思わないのでしょう」

 

  歪んでいる。その一言に尽きる。何がと言えば全部だ。

  この歪みはどうにか出来るものではない。関係性は新しく作るよりも壊すよりも、直すことの方が難しい。

  この親子関係は考えられない。娘を価値のあるモノ、母をあの人と吐き捨てる親子関係は。しかも関係性を切っても切りきれないあたりが地獄だ。

  片方の親がいないという点では俺も同じだが、会ったこともない方が気が楽だ。親がいないことには同情できるが、親に絶望しているのは同情できない。


  「そうか」


  返すべき言葉を持たない。これが精一杯。俺まで巻き込まれるのは御免だ。


  「あなたは身を弁えてていいわね。買い出しの時も、今も余計なことを聞かないのは。特に買い出しは愉快な勘違いをしてくれたし」


  「俺は人間ができてないからな。ついに粗を探しちまうんだよ、特にお前の粗をな」


  夜空の口角は上がっている。冗談めかして言うので、俺も冗談ぽく返す。


  「はあ……どうしようもないわね、あなたは」


  「むしろ褒め言葉だな。前のお前はもっとキレがあったぞ」


  今日は意外に夜空の物腰がいい。悪い日はホントに……やべ、吐き気してきた。


  「呆れているのに、そのポジティブさ……。いえ逆にネガティブの極致と言うべきかしら」


  ネガティブの極致。俺らしい言葉でしっくりくる。


  「前のバイトはもっと有能だったわよ。それと比べるとホントに……」


  「前のバイト?」


  耳慣れず聞き返すが、それは当然だと気づく。俺が抜けたのだ。その穴を埋めない限り、この店は大分厳しかっただろう。


  「ええ。少し前まで雇っていたのよ。もう辞めたけど」


  「早いな……。なんだそれ、お小遣い稼ぎか?」


  「むしろ学生バイトなんてそれが普通だと思うけれど……」


  感覚が麻痺してきてるらしい。え、バイトって、馬車馬の如くふらふらに働かされて、罵詈雑言に耐えるのが普通じゃないの?


  「まあ丁度、彼の穴を埋めるために人手が欲しかったのよ。あなたなら研修も省略できて楽ね」


  「所詮、俺は穴埋めですか……」


  その言葉にがっかりする俺がいる。別に当然のことのはずなのに。優秀なやつがいるなら、俺なんて重宝されないし、勝手に辞めるやつなど論外だろう。

  夜空をちらと見る。いつも通りの冷えて真面目くさった表情をしている。


  「だからあなたを雇ってあげてもいいわ」


  「どこまでも上から目線だな……。でも、まあ、ありがとよ」


  僅かでも夜空に認められたのかはわからないが、態度がそうだと恥ずかしくなる。


  「雇い主に向かってそれは礼儀がないわね。研修、やり直す?」


  「ははは……。ご冗談を……」


  それしか言えない。いや、まじで研修は地獄だったのだ。それについては語るべき言葉はない。それを表現する言葉を俺は持たない。

  嘘だろと思いながら、目をやると夜空は必死に笑いを堪えていた。……元に戻ったか? いやこれは……。


  それからは流成さんを交えてのこれからのバイトの擦り合わせだった。シフトやら賃金やらとかを決める。

  それが終わり、俺が鞄を持ち、席を立つとがさりという音がする。


  「忘れてたな、そういや」


  俺は鞄に詰めていた物を取り出し、夜空に渡す。


  「ほらよ」


  「……これは?」


  俺が渡した包装された箱を見て、不思議そうな顔をする。……初めて気づいたが、表情のレパートリーが意外と多い


  「クリスマスプレゼントだよ」


  「ついに時間感覚も狂った? 今は3月で春よ」


  「そういう例えだよ……わかってるだろ。あと『も』ってなんだ、『も』って」


  一応抗議するが、全く聞いていない。そういうやつだよ、こいつは。


  「そのさ、クリスマスの時、何も出来なかったからな」


  「あなた、嘘下手ね。あなたはそんなに気が利かないし、ロマンチストでもないはずよ」


  「ちぇっ。建前くらい分かれよ、わざわざ言わせんな」


  「わかってるわよ、全部」


  こいつが言うならきっとそれは間違いないんだろうな……。


  「開けていい?」


  「どうぞ、お好きに」


  夜空が繊細な手つきで箱を開けていく。僅かに緊張が走る。

  夜空のセンスは根拠はないが、よさそうだ。そんな人にプレゼントというのは、厳格な評価が下されそうで嫌だ。しかもこいつははっきり駄目って言うしなあ……。


  「ふーん。コーヒーカップね」


  そうとだけ呟く。今思うと失敗だったと感じる。夜空なら多くの種類を揃えててもおかしくない。だけどまあこうした理由は不甲斐ないことに、夜空の好きそうなものがわからなかったからだ。

 

  「初めてね……」


  「え?」


  声が小さくて聞き取れなかった。聞き返すが夜空には取り合う気がなさそうだ。


  「ありがとう。大切にするわ」


  「ああ、そうかい……」


  俺は思わず戸惑う。こいつってこんな感じだったっけ?

  そこで俺はふと気づく。こいつにも成長があったことに。それは成長と言える代物ではなくとも、心境の変化はあってもおかしくない。

  そうだ。この二ヶ月間、たとえ長い期間ではなくとも距離があるが故に、俺たちは距離を測ってきた。そして達した結論がある。それはとても似通ったものだったのだ。

  そんな片鱗を感じながら、俺はカフェを出る。全てが上手くいく気がした。

この章の一話と二話は本当は二章に入れるつもりでした。そうがこうなったのは……二章が長すぎたからです。三章はコンパクトにまとめたい……。

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