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二章 第28話 安達すみれの独白〈中編〉

  「まずは中学校の話なんだけど……」


  そんな安達の語り口で話は始まる。まるでとっておきの秘密を告白するようだが、その真実はあまりに残酷であることは軽く察せられる。


  「あたし、この色に染めたの中学校からなんだ」


  緩くパーマのかかった金髪を指差し、そう言う。


  「それは……意外だな」


  うちの高校の髪の色は自由だ。だが中学校で髪の色自由は少ないのではないだろうか。下手したら地毛登録とかワケわからんこともされる。

 

  「当然、校則破ってるけどね」


  やっぱり……。染髪しかも金髪なんて咎められて当然だ。うんうんと一人、納得していた。


  「でも全く怒られなかったんだよね。うちの学校、元からヤンキー校だし。先生もそれを分かってるから、なんというか諦めてる」


  だが俺の勝手な納得はその一言で破られる。そんな荒れてるとこあんの?


  「ちなみにどこ中?」


  「あー○○中」


  その中学校には聞き覚えがある。確かかなり荒れていて、親がそこに入れるのをとても嫌がるとも聞いた。そういう情報に疎い俺が知ってるのだから、相当だろう。


  「やっぱ知ってるんだ……」


  安達は先ほどからうつむいたまんまだ。かなりショックらしい。何に対してかは知らないが。

  そんな姿を見るとどうも居心地が悪い。


  「だけどそこからうちの高校まで遠いじゃん。しかも成績いいし。それなりに頑張ったってことだろ?」


  俺は最寄りの高校を選んでいるし。そこに苦悩はなかった。そう考えると安達は別なのだろう。

  すると力なく笑って言う。

 

  「そうだよ。あたしはそういうしがらみから離れるために、選びとったのよ。でも」


  でも、の後は分かる。しがらみから離れるなんて言葉を使っているが、これは安達なりの配慮だ。本当は縁を切りたいと言っているのだ。

  でもそう上手くいかなかった。

  まあ、そんなもんだ。縁というのは強靭な糸だ。

  簡単に切れるなら、腐れ縁なんて言葉はありえないし、縁切り神社もない。

  そのくらい縁とは強力だ。切りたいと思って、切れるものではない。本当に縁が切れる時は絶交した時のみで、切れたかを確認してるくらいでは切れるはずもない。

 

  「だからあの……ヤ、仲間らは友達か?」


  「そう。中学校の時のね」


  その言葉は言外に今は違うと告げているようだ。


  「ホント迷惑だよね……。こっちは嫌なのを態度に出してんのに気づかないし。勉強してるときに、しつこく電話とか鳴らしてくるからホントうざい……」


  安達が明らかに苛立っているのがわかる。

  そこには女子特有の凶悪さと言うべき感情が含まれていた。片桐の頭ごなしの暴言ではない。邪心のこもった怨み言。

  その言葉は普段の安達からは到底、想像できない。そのことが事の異常さを醸し出していた。


  「その上、傷なんてつけやがって……」


  「口調」


  それだけ伝えてやると、少し冷静さを取り戻したように短く言う。


  「ん、ごめん」


  これを片桐に見せたらどうなるかな? 幻滅するかもしれない。けど俺はマゾに目覚めるに一票だな。


  「でももう許せない。彼らってホント馬鹿。しかも大半が学校退学したらしいし」


  「やめろ……。それは俺にもダメージが……」


  いつまで経っても、不登校だった負い目というのは消えない。むしろ学校に行くようになってから、その期間をより悔やむようになっていた。

  全く無駄な訳ではない。もちろんカフェ「三ツ星」でいい経験もした。でももしかしたらをいつだって期待してしまうのだ。


  「ああ! ご、ごめん……。そんなつもりじゃ……」


  今度は本当に謝罪が見てとれるな。


  「い、いや分かってる。俺が悪いんだ、学校に行かなかった俺が……」


  なんで俺はクラスメイトの女子の家で一人、懺悔してるんだ……?


  「なあ、俺はこれがずっと分からなかったんだが、お前はそいつらと縁、切りたいのか?」


  気を取り直して問いかける。

  これが鍵なのだ。もしここで拒否されたら、俺は手出しができない。俺は安達を助けたい。だが無理矢理、縁を切り、それが望まれないものなら救ったことにはならない。


  「切りたい。少し前ならこのままのらりくらりしてれば、どうにかなると思ってた。でもそんなこと思ってない」


  安達の言葉は常に冗談ぽいことがあるから、あまり信用できないのだが、この言葉だけは信用できる。そのくらいの意思を感じられた。

  俺はふっと笑う。なら何か対策を、と言いかける。実はいくつか考えてきたのだ。これさえあれば。

  だがその声は安達の声にきられる。


  「でも本当に縁なんて切れる? あいつらしつこいよ。腐ったミカンは周りに腐ることを強要するし」


 ほうと声が漏れる。中々、真理を突いている。さぞや腐った後は気持ちがいいのだろう。期待もされない、背負うものがない。けどそこは一線だ。人間として落ちてはいけない。そこに理由はない。


  「切れる。方法はある」


  「でも報復が……」


  かなり安達は不安そうだ。自分の肩を抱きながらそう言う。

  人を縛るのは相場が決まっている。同情か恐怖だ。この場合は恐怖だろう。

  もし同情なら俺はどうすることもできない。同情は内発的要因が深く関わる。簡単にいえば自分の内側から生まれる感情である。

  その場合は内部での革新が必要になるため、心の持ちようを変えろくらいしか言うことがない。


  だが恐怖なら救える。恐怖は外発的要因で動く。今回の場合ならヤンキー達による報復が恐怖の理由だ。

  ならそれを取り除いてやればいい。そう、例えば


  「もうこういうのは嫌だって言うのは?」


  「冗談でしょ? ちょっと気に入らないことしただけで殴られるのよ? そんなこと言ったらどうなるか……」


  そうか……。安達の言うことももっともなのだが、案外これがいい場合もある。

  やつらはいつだって裏切りを考えていない。なぜなら恐怖で完全に縛っていると油断しているからだ。恐怖の拘束力は強いが、完全ではないというのに。

  本職の方なら確かに指を詰められたりするのだが、こういうヤンキーかぶれは意外と正面から言ってしまえば、慌てふためくもんだが……。

  リスクもあるのもまた事実。そもそも安達が乗り気じゃないのだから、この方法は使えない。


  「じゃあ残り一つの方法だな」


  「意外に策が少ないんだね……」


  悪かったな。本当ならもっとあったんだが、状況を聞く限り使えないやつが増えたのだ。


  「残り一つはちょっとずつ距離を離す方法だが……」


  「できるんならやってるよ。しつこいのよ。なんであいつらがモテるんだろうね」


  確かにあの一団に女子が多かったな。もしかしたらあの中には安達が見知らぬ人もいるのかもしれない。でもそれはヤら……。俺は真理に気づいたが、何も言わないことにする。


  「まあ、それは置いといてな、距離を離すのはただこっちだけ離せばいいんじゃない。相手からも引いてもらうんだ」


  「どうやって?」


  何かすごい投げやりな感じがするなあ……。まあ、実際、大した策じゃないしな。俺のこの論理展開は安達も考えたことはあるが、口に出したり行動したことはない。だから意外とは思わないだろう。

  だが具体的な方法。これについては考えさせてもらった。もっとも意外性が高い方法を提示する。


  「用心棒を雇うんだ」


  ぴしゃあとアニメ的演出の雷の音が聞こえた気がする。その後、安達は口をポカンと開けている。


  「真面目?」


  「ああ、大真面目だ」


  多分、マジ? と言いたかったんだろうが『め』がついてしまったな。


  「いや、暴力に訴えかけるの?」


  目の付け所がいいな。だが


  「違う。それはただの犯罪だ。俺が言うのは抑制力として使うんだ」


  「抑制力……。現代の核の抑止力みたいなもん?」


  流石、成績学年上位。俺のわかりにくい説明にもちゃんと理解を示してくれる。


  「そうだ。毒を以て毒を制す。力には力だ」


  すると安達は頭に指立て、ぶつぶつ言う。やっぱりあんまわからんか……。


  「あんまわかんないけど、わかったことにしておく。それで用心棒は誰なの? まさか傭兵を雇えとか言わないよね」


  「傭兵とは物騒な……。ついでに言うなら用心棒も例えだ」


  これははっきり訂正してやる。用心棒候補がやりにくいことこの上ないだろうからな。


  「じゃあ誰なのよ」


  急かしてくる。まあ、俺も勿体ぶりすぎた。ここははっきり言ってやる。


  「俺が思うに適任は片桐景介だな。もちろんお前が好きに選べばいいが」


  「…………え? 何で?」


  何でだろうな。実は俺も何でこいつが適任かわからない。だが思い付いてしまった限りは仕方がないのだ。

  そもそもこいつを守れるのが男と考えると、俺か片桐しかない。俺は嫌だからそうなると一人に絞られる。

 

  「根拠は二つだ。一つ目は用心棒なんだからくっついて、外出したりする必要がある。そうなると相手はそれなりに知ってる男子の方がいい」


  「え。それって外出しないといけない?」


  なんかこの時点で安達の片桐に対する評価がよくわかったが、気づかなかったことにしておく。


  「ある。大ありだ。俺の方法は相手から引いてもらうんだ。その時に『あっ。あの子、彼氏いるんだ』とか思わせれたらちょっとは遠慮するだろ」


  「えー……」


  安達は反応に困っている。多分、安達の価値観が俺とは違うのだろう。だが嫌そうな顔はしていない。なら押し切ればいい。

 

  「別に付き合えって言ってるワケじゃない。フリをすればいいだけだ。それならお手軽だろ?」


  「うーん。まあ、そうなのかな」


  反応はこんなもんでいい。安達のためにももちろんやっているが、これは片桐のためでもあるのだ。


  「じゃあ根拠二つ目、あいつは柔道が強い。確か初段。盾には適任だ」

 

  安達はポカンと口を開いたままだ。どうやら意味がわからんらしい。だろうな。これはただの片桐の告知。何の根拠にもなっていない。

  だがこれでいい。こんなどうでもいいジョークが誰かを救ったりするのだ。


  「あ、あはは。あははははははは。な、なに、それ~」


  安達は目尻を拭いながらそう言う。口元は笑っているが。俺もつられて笑う。


  「知らなかっただろ? あの風貌で柔道とかありえないと思うよな」


  「うん、うん。ありえない」

 

  やっと安達すみれに笑顔が戻った気がする。今まではずっと暗かった。

  スミレの花言葉には「誠実」「謙虚」というのがある。これについては安達に似合う感じがしない。だが実はもう一つ花言葉がある。

  それは「小さな幸せ」だ。安達はもしかしたら、生まれた時で既に大きな幸福は手に入れない運命だったのかもしれない。

 

  だが小さな幸せだけはこいつに似合うのだろう。その幸せがどこまでかはわからないが。

  あのヤンキー集団とつるむこと。春野と片桐と勉強会を開くこと。球技大会で活躍したこと。バレーで優れた成績を残したこと。どこまでかは知らない。

  けれど今のやりとりだけは安達にとっては、ささやかな幸せであることは間違いない。そんなことだけは確信できた。

二章はこのシーンになるように逆算して作っています。それがついに書けて、うれしさで一杯ですがここまで四ヶ月かかってることに膝が震えます。

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