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二章 第27話 安達すみれの独白〈前編〉

  スマホでメモした地図を見ながら、自転車を走らす。

  もう三月で春もそこまで来ているというのに、寒さは冬のままだ。それどこか道の端には雪が残っており、それが一層、春が来ることを拒否しているようだ。

  服装はTシャツに軽く上着を羽織り、ジーンズというシンプルにまとめた。しかしこれは明らかに間違えている。

  気温はそこそこのはずなのだが、風が強くそんな感じが全くしない。聞くところによると風速1メートルで体感温度が1度下がるらしい。

  暦で考えて今が冬の出口、春の入口だとしても気温的には思いきり冬なのも納得だ。


  こういうことを考えているうちに地図で示した安達の家に着く。

  インターホンを押そうとするが、一旦おし留まる。……なんか緊張するな。

  別に安達に対して片桐のような特別な感情など抱いていないのだが、どうも女子の家を訪ねるのは緊張する。春野の家だと夏樹に会う建前があるから楽なのに。

  インターホンを押さない限りは何も始まらないので、それを鳴らす。するとガチャリと中から回線が繋ぐ音がする。


  『どなたでしょうか?』

 

  落ち着きの払った声。少し警戒心も感じられる。この時点では誰かわからない。


  「朝比奈尾道です。すみれさんはいらっしゃるでしょうか?」


  『あ、な~んだ。尾道ちゃんか。どったの?』


  どうやらインターホンの先にいるのは安達らしい。


  「吉野先生からノートを預かっててな。ほら、休んでただろ。だからそれを渡しに来たんだが」

 

  『ん、そっか。じゃあポスト入れといて。わざわざありがとね』


  そこで回線を切ろうとする。まあ、状況を鑑みればこうするのは当然か。だがここでは引き下がれない。


  「待てよ。酷くないか。寒空の下、ここまで自転車をとばしてきたのに」


  『え……。いや、それは……』


  明らかに困惑している。ここまで来たんだから、家に上げろというのが礼儀知らずなのは重々、承知。だがわざわざ来ておいて、玄関も開けないのとどちらが礼儀知らずだ?

  まだ返答はない。どうやら罪悪感に任せるのは間違いだったみたいだ。なら正攻法で。


  「今日は話があって来た。悪いけど読ませてもらったよ、このノートを」


  『……本当に?』


  「なんなら読み上げてもいい」


  俺がニヒルに笑って言うと、安達は慌てたようだ。


  『うわっ。や、やめて。今、うちに上げるから!』


  バタバタと家を駆け巡る音が外からでも聞こえる。それが止むとガチャリと扉が開く。そこで俺はため息をつく。

 

  「やっぱか……」


  安達は頭に包帯を巻いてそこにいた。服は急に押し掛けたので、寝間着のパジャマだった。安達が休んだ理由は当てがあったがどうやら大当たりらしい。

 

  「はあ……。見られたくないから学校、休んだのに……」


  安達が重そうな頭を抱える。本当に悪いとは思うが、ここまで隠すこいつも悪い。

  安達は渋々、家を案内する。着いたのはリビングだった。別に安達の部屋に上がろうなんて思ってないけどさ……。


  「いいのか?」


  「両親が共働きだから、留守なの」


  土曜日も仕事とは忙しいこった。安達が適当にソファに腰掛けたので、俺は地べたに座る


  「それより誰に聞いたの。家の場所」


  「春野しかないだろ」


  すると安達は大きくわざとらしいため息をつく。……なんでこんなに失望されてるの?


  「何してんの……馬鹿なの?」


  呟きの意味がわからない。俺に言ってるの?


  「まあいいや。それよりその傷、どうしたんだ?」

 

  「……」


  何も言うつもりはないか。そうだろうな。だってノートを見る限りでは判断できないし。だが安達は知らない。こちらには切り札があることを。


  「初めて勉強会開いた日、あったじゃん?」


  「? うん、まあ」


  急に話を変えたことに戸惑っているようだ。


  「その帰りにさ、見たんだよね。お前の姿を」


  そこで安達はまたしても黙る。結構、クリティカルな部分だったろう。だから慎重に話を進める必要がある。


  「連れは多分、ノートに書かれてる中学校の時の友達なんだろうな」


  さてどんな反応をする。ちらと安達の方を見るが、うつむいたまま押し黙っている。これは図星に違いない。どれくらい経っただろう。安達がおもむろに口を開く。

 

  「そうだよ……。この頭の傷もなんとなく、わかるでしょ?」


  「まあ、なんとなく」


  あの集団は見た感じ、粗暴そうだ。もちろん実際はどうか知らないが、暴力を振るうことに躊躇しない感じがする。それがどんな人であってもだ。


  「まさかバレるとはね……。結構、首尾よくやったつもりなんだけどなあ」


  安達は多分、何か隠すのは巧そうだ。だから俺が安達がヤンキー集団とつるんでいるのがわかったのは本当にたまたま。逆にそのたまたまがなければ一生、気づいていない。


  「運が悪かったと諦めるんだな」


  「運……。そっかそうなるのか」


  安達は口を引き締める。その表情と言葉からは友人関係に困っているかは微妙にわからない。

 

  「それで学校を休んだのはその頭の傷か?」


  「そうなるね。関係ない人に心配させる訳にもいかないし」


  関係ない人……ね。それにはどこまでが含まれているのだろう。クラスで話したこともないやつとか俺ならまだいい。

  それが春野や片桐だったりするならば、あまりに救われない。あいつらは心配もするが、安達のために何かする心意気もある。それまで否定されるのは辛いところがあるだろう。

  だから安達はわかっていない。わからせる必要があるな。


  「まあ、いい。とりあえずこれは返すよ」


  俺はノートを安達によこす。


  「……どのくらい見た?」


  気になるよな。正直に答える。


  「英文以外は全部見た」


  「うっーわ。それプライベートなところ全部見てるじゃん! ありえない、ホントありえない……」


  安達は身悶える。あんなの見られたら恥ずかしいだろうな。実際、俺も中学の時、詩を作って……、いや、この話はやめよう。傷つきにいくのは愚行すぎる。

 

  「ど、どうだった?」


  おどおどと安達は訊いてくる。わざわざ傷心しにいくとは……。


  「あれにコメントさせられてる吉野先生がかわいそうだわ。忙しそうなのも納得」


  「えー、ひっどい! そこは苦笑いしながら『うん。まあまあだな』とか意味不明な言葉、吐くのが普通でしょ!」


  何が普通なのかはわからんが、仮にそうしたとしたら、もっと傷つくだろ。俺なりの配慮に感謝しろ。


  「俺はそんな話しにきた訳じゃないんだけどな……」


  家で安達すみれと二人。こんなの夢シチュエーション、男子の醜い幻想に近いが、俺は割りとどうでもいい。それよりこれがバレたら片桐にどうされるかわからない。少なくとも殺されるのは確定だ。その処刑方法に余地がある感じだろう。


  「わかってるよ。ちょっと心を落ち着かせてるだけ」


  その声には酷い落差があった。いつもののらりくらりと掴み所のない安達とは大違いだった。


  「本当はあたし、こんなこと言うつもりなかったんだよ。例えバレたとしても」


  でも、と安達は続け、頭の包帯を触る。


  「こんなんなったら、もうムリだよね……」


  多分、安達には俺が知らない苦悩があるのだろう。その苦悩を今まではどこにも出さず、飲み込んできた。

  だが誰にも我慢の限界はあるのだ。堪忍袋の大きさはバラバラでも永遠に感情を溜めることは不可能だ。安達の臨界点はおそらく傷を受けたことなのだろう。


  「これを隠すことはできないな。先生のお使いで来てるから全部、話す」


  「君って黒いよね。自分をリアリストとかニヒリストとか宣ってるクラスメイトよりも」


  黒い。はて心当たりがないな。ただひねくれてるだけだ。

  黒いのは安達の方だろ。クラスメイトに皮肉ってるし。

  そんな言葉が口から出かけるが、何とか踏み留まる。こんなこと言ったら、どんな言葉が飛んでくるかわからない……。


  ふぅと深呼吸する声が聞こえる。音の出先を見ると胸に手をやり、目を閉じている。どうやら心を整えているらしい。

  そして口を開く。口元にはどうしてか笑みが浮かんでいる。


  「何から話そうか……。うん、じゃあこれから話そうかな」


  どうやら話す気になったらしい。おもむろに口を開く。


  「まずは中学校の話なんだけど……」

初めて前中後編という感じにサブタイトルをつけました。これは僕の省エネ本能が起因してます。悪く言えばめんどくさがりな性格ですが。

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