019 初給料と出会い系
月末を迎え給与額が決まったことをロマが教えてくれた。
しめて15728円。内訳はなんとか信者228人に対して228円。残りが例の生贄ボーナス。 あの凄惨な儀式を見てしまうとどうしても複雑な気持ちになってしまうが、やはり金額に現れるとうれしいというのは偽ざる思いでもある。
とはいえ銀行振込は今月の20日ということなので、まだ半信半疑ではあるのだが。
しかし月2万にもならないというのは正直キツい。
とりあえず奨学金で学費はどうにかなるが、仕送りは期待できず生活費をバイト代で賄わなければならないのだから、これでは家賃も払えない。
できるだけ早く10万を目安に安定した収入を確保しなければならないのだが、当面いくつか短期バイトをかけもちしなければならない苦境に立ってしまった。
しかし不思議と神さまの内職をやめる気持ちは微塵もなかった。それだけ夢と魅力が異世界にはあるような気がしてならなかった。
退屈な日常があるこのアースガルト以外に存在する異世界ミッドガルト。おれはそこになにかを求めているのかもしれない。
そもそもこんな異常な仕事だ。たとえロマにやめたいと言っても簡単にやめさせてはくれないとは思うが。
そして6月のはじめ、ついにミッドガルトでの出来事とアースガルトとの接点が生まれることになった。
女神クレアと逢うことになったのだ。
異世界では女神でも、こっちの世界では女子高生なのだ。
一学期の中間テストが終わったら本格的に今後のことを話し合おうということになり、きょうがその約束の日。
待ち合わせの時間は、あと1時間に迫っていた。
場所はクレアにとっても通学経路上ということもあり、大学の最寄駅近くにあるカフェということになっている。
おれはドギマギしていた。なんといってもJKなのだ。
男子校出身ということもあり、二次元美少女の女子高生なら慣れ親しんできたが、リアルの女子高生はもっとも縁遠い存在と言っても過言ではない。
話す内容は神さま業についてなのはわかりきっているのに、なにを話していいのやらさっぱりわからないという矛盾した思いが胸を圧迫してきて息苦しく動悸が収まらない。
「おっと、そこを行くのは桐悟くんではないですか?」
大学カフェテリアでぐずぐず悩んでいるおれを見つけたのは学部は異なるが同級生の御吉野桜子だった。
いつもの図書館通いの後らしく、カバンに収まらない本を両手に抱えている。
「や、やあ……」
間抜けな返答。唐突に女子に声をかけられたことで、ただでさえオーバーフローしていたおれの情報処理能力は完全に機能停止寸前に陥ってしまった。
「浮かない顔してどうし……っと、うわっと――」
桜子は黒縁眼鏡越しにおれの顔を覗きこもうとする。
しかしバランスを崩して抱えた本を落としそうになってふらつく。
「―おっと!」
おれは反射的に落としかけた本の山を手で支えた。
「ありがとう」
桜子は今度は姿勢に気をつけながら頭を下げた。
「いつものことだけど、なんだか難しそうな本だね」
おれは背表紙のタイトルをちらっと見たがさっぱりわからない。英語どころか何語かわからない文字の洋書まである。
「はい、今はユダヤ教神秘主義思想のカバラに興味がでたんで、その関連書籍を探しているんだけど、興味本位のオカルト本や占いの本くらいしかなくてとても難渋しちゃってて」
「そ、そうなんだ……カバラか。難しいよね」
桜子はおれが宗教のことをいろいろ質問したりするので、同好の士と思っているフシがあるのだが、おれとしてはいかんせん知識が決定的に欠けていて話にならないので、とても恐縮してしまう。
「桐悟くんは? こんなところで浮かない顔してどうしたの? 終末思想について思い悩んでいたとか?」
「いや、そんなたいそうなことじゃないんだけど……」
「そうなんだ」
「……うん」
曖昧な生返事をしてしまっていた。
「じゃあ、よかったらうちに来ない?」
「えっ、桜子さんの部屋に?」
「手伝ってほしいことがあるの。いまカバラ好きが嵩じて生命の樹の模型を作ってるんだけど、ちょっと大きくしすぎて上まで手が届かなくなっちゃって――」
桜子は口早に手振りを交えて懸命に説明してくれたのだが、
「ごめん……いまからちょっと用があって」
おれは桜子の話を遮るように断ってしまった。
「そっか。用があるならいいよ。こっちこそ、セフィロトはどうにかなると思うしさ。で、用事ってどこか行くの?」
「あっ、うん。ちょっとね」
心苦しかったが正直に話すわけにもいかなかった。
女神に会うなんて行ったら頭がおかしくなったと思われるだろうし、かといって女子高生と会うというのも気が引けてしまったのだった。
「そっか。桐悟くんが元気なかったからちょっと心配だったけど、外に出かけるだけの元気があるんなら安心かな」
桜子は一瞬、淋しそうな笑みを浮かべたが、すぐに眼鏡のレンズの奥に消えていった。
「ごめん……」
「いいの、いいの。じゃあ、またね!」
桜子はそう言うと静かに去っていった。
あとに残されたおれは、なんとなく落ち着かなくなってしまって、まだ時間はあるが駅に向かうことにした。
道すがらまだ戸惑いを憶えてしまっていた。果たして女神クレアはどんな子なのか。
異世界では女神の姿だったので顔かたちもわからないし、実は本名は知らない。
ただ待ち合わせの時間と場所、そしてお互いに異世界へと誘う金色の指輪だけが目印という約束だった。
カバラ【qabbalah, Kabbala, Cabbala】
ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想である。
独特の宇宙観を持っていることから、しばしば仏教における密教との類似性を指摘されることがある。しかし、これはもっぱら積極的な教義開示を行わないという類似性であって、教義や起源等の類似性のことではない。(wikipediaより)




