016 センパイは女神さま
「我らが神よ、生贄をお受け取りくださいませ。そしてどうか御託宣を!」
メリアは切り落とした血の滴る山羊の首を高々と捧げ持った。
と同時にメリアのいる祭壇の前に巨大なものが十人がかりで運ばれてくる。
「なんだよ、あれは?」
おれは我が目を疑った。
それは稚拙な造形だが高さは優に十メートルを越える人のような形をしたものだった。 主に木の板を張りあわせて形造られ、朱や黄、藍といった顔料で彩色が施されていた。
「どうやらアドナイの神像のようですね」
ロマが感心するように言った。
「――おれ? 全然似てないじゃないか! どうやったらおれがあんな怪物みたいな姿になるんだ?」
「そうですか? 結構似てると思いますけど」
そう言うとロマはどこから取りだしたのか手鏡を手にしておれの顔前に突きだした。
鏡のなかに見えたのは、いかつい一対の牡羊の角を額から生やした壮年の男だった。山羊のような顎鬚が特長的である。
おれは我が目を疑い、両手を頭の上に伸ばした。
触れるものがあったので握ってみた。たしかにそれは角だった。ちゃんと二本ある。
「えっ!? これがおれ? どうしてこんなに……」
また顎にも触れた。こわい顎鬚が頬髯までしっかり生えているではないか。おれは髭など生やしたことはないし、そもそも伸ばそうと思っても生え揃わないくらい薄いのだ。
こんな剛毛になっているとは……額の角以上に衝撃だった。
首から下もすごかった。おれは半裸なのだ。かろうじて腰に毛皮を巻いているだけで、まるで彫刻のような均整のとれた筋骨隆々の体になっている。
しかもよくよく見えれば足の爪先は五本指ではなく角質でふたつに割れている。まるで牛や羊の蹄のようなというか蹄そのものだった。
「驚くには値しませんよ。今のアドナイは肉体を持っていませんから。アストラル体というのは他者の認識が強く影響するのです。わたしが子供の姿に見えるのと同じく信徒からの認識された姿として映るだけのことです」
ロマはさらりと言ってのけるのだが、おれとしては腑に落ちない。こんな姿になった理由もあるが、その造形的な意味合いでもだ。
「それにしても、もう少しカッコよくしてくれよなぁ……」
こんな半獣半神みたいな姿というのはギリシア・ローマ神話的には低い神格の神か、はたまた一神教においては悪魔そのものの姿ではないか。たしかバフォメットとかいう悪魔に似ていた。
「うわっ、なんだよ、これ! 最低じゃないか――」
おれは自分の得体のしれぬ肉体のある部分に気付き、瞬間的に内股になって両手で股間をおさえた。
しかし内股と両手では隠しきれないくらいに怒張した股間のパーツがコンニチワしかけている。
メリアの前に引き立てられた巨大神像でも股間部分に太い丸太が天を指すように突き立っているではないか。すべてあの神像のせいなのだ。
「あらあら、まあまあ、たいへんねぇ~」
不意に背後に声が聞こえた。どこかのんびり間延びした女の声だった。
振り向いた先に見たのは、それはもう絵に描いたかのごとくどこからどう見ても一般的なイメージにある女神そのものだった。
すらりとした肢体に豊かな金髪を結いあげたうら若い美女で、白い長衣を体にぴったりと巻きつけていた。うっすらと体自体が光を発しているようでさえある。
ただ脚には革の編み上げサンダルを履き、腰には矢の入った靱、両手には弓と矩形の楯を携えていた。
「もしかして、おれが見えてる?」
碧眼の直視に堪えられず、目を逸してしまった。
「それはもう。同じ神同士ですからね~。よく見えてよ」
「神同士? それじゃ――」
「さしずめあなたの先輩ね」
「センパイ……?」
「百年近くは先輩になるんじゃないからしら」
女神は頬に人差し指を当てながら首を傾げた。
妖艶な容貌ながら幼い仕草をするギャップがヤバい。
「そんなに長く……」
「いやねぇ。こっちの世界での百年よ。元の世界でなら1年そこそこだから。そんなおばさんを見るような目で見ないで~」
女神は必死に否定して両手を顔の前でひらひらさせるのだった。
見事なまでに似合っていない。
「わたしはクレア。よろしくね~。バーンくん。わからないことがあれば何でも訊いていいからね~」
クレアが手を差しだしてきたので、おれもおずおずと握手に応じるしかなかった。
「あ、はい……」
これがはじめての神同士の邂逅だった。
そして目の前の女神こそがルミニア国一帯で広く信仰を集めている城壁の女神クレアなのだ。武器を携えているのは、軍神としての意味合いもあるのだろう。
まったくもって半獣神のおれとは正反対にカッコよすぎる姿だ。
偶像崇拝禁止として自分の姿を象らせなかったヤハウェ、アッラーの気持ちがわかるような気がした。
「それにしても、ずいぶんとお盛んなのね~、うふふっ」
唐突にクレアは何かに気付いたらしく笑った。
「お盛ん?」
「――そんなにそそり立てちゃって、まあ。いやらしいこと」
クレアの視線がおれの股間にまじまじと注がれているではないか!
「……あぁっ!?」
握手したときに股間を隠していた手が離れてしまったため、バーンのバーンが半分コンニチワしていたのだ。
おれはすぐさま慌てて両手を当て身をよじって隠した。
あまりの恥ずかしさに顔中がのぼせるほど熱くなっていた。
おそらく角のある髭面をゆでダコのように耳まで真っ赤になっていたことだろう。
「まあ、そっちのほうが元気なのはいいとして、あんまり派手に布教したりすると他の神様たちに目をつけられるから気をつけてね~。もちろん、わたしも含めて」
クレアはにっかりと笑みを浮かべていった。しかしその目は冷たく笑っていない。
銀の矢が自分の左胸に深々と突き刺さっているのを見たのは、その直後のことだった……。
託宣【たくせん】
神仏が人にのりうつったり夢の中に現れたりして、その意志を告げること。
また、そのお告げ。神託。(デジタル大辞泉より)




