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内職で異世界の暗黒神はじめました!  作者: 蘇芳ヨウ
【第2章】聖戦の胎動
14/22

014 はじめての儀式

 桜子はこの後にバイトがあるということでカフェテリアで別れた。

 おれは図書館に寄ってから自分の部屋に戻るなり万年床にあぐらをかいてどかっと座り、さっそくおれなりのドグマ考案にとりかかった。

 まずは桜子のアドバイス通り、先人の教えを学ぶところからはじめてみるべく旧約聖書のモーセの《十戒》と仏教における《五戒》をノートに列挙してみた。


 ・主が唯一の神であること

 ・偶像を作ってはならないこと

 ・神の名をみだりに唱えてはならないこと

 ・安息日を守ること

 ・父母を敬うこと

 ・殺人をしてはいけないこと

 ・姦淫をしてはいけないこと

 ・盗んではいけないこと

 ・偽証してはいけないこと

 ・隣人の家をむさぼってはいけないこと


 ・不殺生戒ふせっしょうかい――生き物を故意に殺してはならない

 ・不偸盗戒ふちゅうとうかい――他人のものを故意に盗んではいけない

 ・不邪婬戒ふじゃいんかい――不道徳な性行為をしてはならない

 ・不妄語戒ふもうごかい――嘘をついてはいけない

 ・不飲酒戒ふおんじゅかい――酒などを飲んではいけない


 なるほど似ている。桜子の言うとおり、ユダヤ・キリスト教も仏教も意外に共通点のあるようだ。

 つまり特に奇抜な発想を要するようなものでもないらしい。そう考えるとちょっと肩の荷が降りた。神だからといってしゃちほこばることもなさそうだ。


 両者に共通する項目は「殺人」「窃盗」「姦淫」「嘘」の4戒で、これは現代日本人の感覚としても人の道として当然であるし、是非いれておくべき内容だろう。

 同じ理由で「父母を敬う」と「掠奪しない」も正論だしおれの教義に入れてもいれておくべき事項だろう。


 改めて比較しつつ調べてみて興味深かったのは、モーセの十戒というのは各宗教、宗派で微妙に表現や一部の内容さら異なっていることだった。

 極端な例だとカトリックでは嘘や掠奪は隣人からしてはいけないとあり、同胞限定で異教徒などは含まれていないという解釈もできる。

 対してイスラム教では隣人という言葉はなく全ての人を対象としているのだ。


 かつて十字軍遠征において英雄であり騎士道のかがみとして讃えられる獅子心王リチャードはイスラム軍との停戦合意の約束などは破りまくっていたが、イスラムの将軍サラディンは基本的に十字軍との約束を常に遵守していたという逸話も、そのような信仰上の解釈の差があるのかもしれない。


 つぎに唯一神教的な「他の神を崇めない」「偶像崇拝禁止」「神名を唱えない」という項目は、どうもこの多神教崇拝が主流となっているあの異世界には異質であり、あまり受け入れにくいかもしれない。

 しかし、これらの項目というのは実質的にはその後の歴史が証明するように熱心な信仰や教団の団結に対する明らかなメリットがあのだ。

 しかし反面、異教徒に排他的、攻撃的になるという歴史的なデメリットがあるという。まあ、すべて桜子の話の受け売りではあるのだが……。


 また「禁酒」については現代日本人的感覚としてはわりとどうでもいい。

 日本でイスラム教がまったく流行らないのは豚肉食や飲酒の禁止が大きな理由になっているという説もある。たしかにおれ自身も神様のためにトンカツや生姜焼き定食を諦める気にはならない

 なのでできるだけ広く布教していくためには、その土地の習慣や食文化によって入信の妨げになってしまう項目を入れないほうが無難なんじゃないかと思うわけだ。

 特に禁止してもしなくても結果はそう変わらないんだし、なくてもよかろう。


 あまり教養のない人でも納得できるくらいシンプルでわかりやく、その教えに従うことで幸福感と心やすらかな暮らしが送れるようにすることこそ、おれなりの教義の本質なんじゃないかと考えるわけだ。


 教義とは信者の心のよりどころであり生きる指針なのだ。

 おれは自分を崇める人たちに対し無課金であるがゆえに何も物質的な恩恵、俗にいう《現世利益》を与えてやれないでいる。

 しかし預言者となったメリアを通して、これまでこの世界の歴史が辿ってきたことを反面教師として、よりよいものを民に授けたいと思う気持ちは、こうして考えれば考えるほど強くなっていくのを感じるようになっていった。


 さらにおれは熱心に宗教関連の書籍やウィキペディアを駆使しつつ、賞味期限切れのインスタントコーヒーを飲み飲み慣れない頭脳労働の作業を夜を徹して続けた。

 こっちの世界の1時間は異世界では約4日間に相当するということもある。一秒たりとも無駄にはできない。

 メリアもその他の信者たちもおれの神の啓示を待ち焦がれているにちがいないのだから!

 余談だが、この世界にも神様がいるとして、やはり天地創造のときにこのような裏方作業とかしていたのかもしれないと想像すると親近感が湧いてきた。

 徹夜でちょっとハイになっているせいかもしれない。


 そうして、ようやくおれ流ドグマの草案がなんとか出来あがったときにはもう窓の外は白みはじめていた。カンテツになってしまった。

 しかしここで気を抜いて休んで寝てしまうと異世界ではとんでもない日数が経過してしまう。

 おれは悪魔ではなく睡魔と戦いながら異世界へと向かうため、手にはめた金の指輪をこすった。


 慣れたもので異世界へのアクセスは徐々にスムーズになってゆくようで、おれは即座にメリアの姿を見つけだすことだできたのだが……おれは我が目を疑った。


 おれのなかでの敬虔で可憐な乙女メリアのイメージは一瞬にして完膚なきまでにぶち壊された。


 おれが見てしまったのは、ほぼ全裸で血まみれになった男女の集団がメリアを輪になって囲み、半狂乱になって踊り狂っているというおぞましい光景であった。

 その祭壇の上に立つメリアもまた大きな刃物を振り上げ、山羊の首に今や振り下ろさんばかりだった……

現世利益【げんせりやく】

神仏を信仰することによって、現世において得られる利益をいう。

いかなる宗教でも人間の幸福を目的としているので、現世利益を教義中に内含しないものはない。

ただ、それを第一義とするものもあれば、純粋信仰の副次的現象とするものもある。

また現世の福も来世の福も等価に願う宗教もあり、それぞれの教義の立て方による。

(世界宗教用語大事典より)

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