第66話:侵入者
外を叩く激しい雨音は、夜の闇をさらに深く塗り潰していくようだった。
鬱蒼とした雑木林のぬかるみに、二つの影が身を潜めている。かつて高橋大輔の周辺を嗅ぎ回っていた、外界の人間たち――美咲の言う、大輔を汚す駆除すべき害虫たちだった。
「おい、本当に高橋は、この奥の屋敷にいるんだな?」
「間違いない。あいつの足取りはここで途絶えてる。相原美咲って女が、ここに囲い込んでるはずだ。だが……妙に静かすぎるな」
男たちはレインウェアのフードを深く被り、懐中電灯の光を極限まで絞りながら、一歩ずつ敷地の奥へと足を踏み入れていく。彼らの目的が何であれ、この先に待ち受ける地獄を知る由もなかった。ここを統べるのは、恋人を人形として飼育する狂気の天才科学者、相原美咲であることを。
その時、一人の男のブーツが、濡れた草むらに隠された細いワイヤーに触れた。
パチン、と小さな金属音が響く。
「しまっ――」
男が声を上げるより早く、闇の中から無数の紫外線レーザーが彼らの身体をチェッカーフラッグのように赤く照射した。美咲が昨日、細い指先で冷徹に構築した『防犯迎撃システム』の網だ。
次の瞬間、夜の闇を切り裂くような高周波のアラームが鳴り響き、同時に、男たちの足元から凄まじい火花が爆ぜた。野生動物除けを遥かに超える、特注の超高電圧電撃柵が牙を剥いたのだ。
「ぎゃあああああっ!」
一人がまともに一万ボルトの電流を浴び、泥の中に崩れ落ちて激しく痙攣する。その肉体からは、雨を弾いて焦げたような煙が立ち上った。
もう一人の男は恐怖に顔を歪め、仲間を見捨ててなりふり構わず引き返そうとした。しかし、逃げようとした背後からも、容赦なく自動防衛のシャッターが閉まるように電子のロックが掛かる。網戸の隙間にまで張り巡らされた美咲の罠が、彼らの退路を完全に断っていた。
モニター越しにその光景を見つめていた美咲は、傘もささずに雨の中に立ち、スマートフォンの画面を静かにタップした。
画面には「迎撃成功・捕獲完了」の文字が冷たく光っている。
「言ったはずですよ。お前たちのような汚い生き物が、私の可愛い大輔さんに触れていいわけがない、と」
雨水に濡れた美咲の黒髪が頬に張り付いているが、その顔は人形のように美しいまま、感情が抜け落ちていた。透明なレインコートが、冷酷な捕食者の鱗のように妖しく光る。
その頃、幾重もの電子ロックと分厚い遮音壁に守られた奥の部屋では、大輔がベッドの上で小さく身を震わせていた。外の激しいアラームの音や、男たちの絶叫は、完全な防音を施された彼の元までは届かない。しかし、本能的な恐怖か、それとも薬物の深い眠りから覚めようとする微かな精神の抵抗か、大輔の開かない目尻から一筋の涙が静かに流れ落ち、枕を濡らしていた。自分を取り巻く世界が、美咲の手によって完全に壊されていくのを、彼の魂だけが察知していた。




