第53話:均一な白夜
この新しい山奥の隠れ家『終の檻』には、時間の流れを測るための影すらなかった。
窓という窓がすべて厚い鉄板で溶接され、壁一面が漆黒の防音ウレタンで覆われたその部屋では、一日二十四時間、常に天井の人工的な蛍光灯の光だけが均一に世界を照らし続けていた。高橋大輔にとって、目を開けている時間すべてが「昼」であり、同時に深い「夜」でもあった。時計はなく、スマートフォンの電子音もない。あるのはただ、医療用モニターが刻む規則正しい生命のビートと、加湿器が数分おきに吹き出す、フローラルな香水の霧の音だけだった。
「大輔さん、お肌の水分量が少し落ちていますね。今日も保湿のクリームを塗ってあげますね」
相原美咲の声が、無響室のような静寂の空間に、妙にクリアに響き渡った。
彼女は今、白地に控えめなレースがあしらわれたエプロンドレスを着ていた。会社という社会的な檻から完全に決別した彼女にとって、この密室こそが自らの帝国のすべてであり、高橋大輔という最高の人形を完璧な状態のまま維持することだけが、彼女の生きる目的そのものになっていた。
美咲は冷たい手のひらにクリームを伸ばすと、ベッドの上で両手両足を固定された高橋の顔、そして首筋へと優しく、しかし丹念に擦り込んでいった。
高橋はその手の温もりを受け入れながら、ただじっと天井の蛍光灯を見つめていた。彼の右手首と両足首をベッドの土台に繋ぎ止める真鍮の鎖は、今や彼の衣服の一部であるかのように、その重みさえ感じなくなっていた。彼は自ら進んで顎を上げ、美咲がクリームを塗りやすいように首の皮膚を伸ばして見せた。その従順な仕草は、長年の飼育によって完全に骨抜きにされた家畜のそれだった。
「ありがとう、美咲ちゃん。いつも僕を綺麗にしてくれて……。君の手、すごく冷たくて気持ちがいいよ」
高橋の口から漏れる声は、かつて多くのクライアントを魅了した営業のエースの張りを完全に失い、どこか幼児が母親に甘えるような、か細く濁ったトーンに固定されていた。
「どういたしまして、大輔さん。大輔さんが私だけの世界で、私の手によってどんどん綺麗になっていくのを見るのが、私の最高の幸せなんですから。ほら、お昼(と思われる時間)の栄養補給にしましょうね」
美咲はサイドテーブルから、完璧に裏ごしされた特製のカボチャのポタージュスープを取り出した。
今の高橋の肉体は、美咲が毎食後に与える強い鎮静剤と筋弛緩剤のシロップによって、固形物を咀嚼するだけの顎の筋力さえ徐々に低下させられていた。彼は美咲がスプーンを口元に運ぶと、鳥の雛のように素直に口を開け、その濃厚で甘いスープを静かに喉の奥へと流し込んだ。
「美味しい? 大輔さん」
「うん……すごく美味しいよ、美咲ちゃん。君のくれるものだけが、僕の体を作っているんだね」
高橋はスープを飲み込みながら、心の底からの、濁りのない純粋な笑顔を浮かべた。
彼の脳内からは、かつて自分を救おうとして会社に現れたあの調査員の姿や、他部署の受付だった吉川香織の顔、そして自分がオフィスでバリバリと働いていた頃の記憶が、霧が晴れるように綺麗に消去されていた。人間の脳は、あまりにも過酷な現実と完全な断絶の中に置かれ続けると、過去の記憶を「不要なノイズ」として処理し、現在の生存のために支配者への絶対服従を幸福として受け入れるように書き換えられる。
美咲は彼のその言葉と笑顔を聴いた瞬間、胸の奥から湧き上がる圧倒的な所有欲と全能感に身を震わせた。
彼女はスプーンを置くと、高橋の胸元に顔を押し付け、彼の真っ白なシルクのパジャマの匂いを深く吸い込んだ。
「そうよ、大輔さん。あなたの血も、肉も、精神も、すべて私の作ったもので満たされているの。あなたはもう、外の汚い世界には戻れない、私だけの完璧なお人形なのよ」
美咲の甘く不気味な囁きが、無音の部屋の中に溶けていく。
全体の53%が完了し、高橋大輔という存在は、完全に相原美咲という聖母の嘘と真鍮の鎖によって作られた『箱庭』の中で、自らの正気さえも快楽として差し出した、終わりのない終身の飼育生活を貪り続けるのだった。




