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歪んだ愛  作者: S.S
第七章 真鍮の鎖と聖母の嘘

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第46話:絶対的な調教

午後六時三十分。定時のチャイムが鳴ると同時にオフィスを飛び出した相原美咲は、目黒区のマンションのドアを開けた。

ガチャリ、と重厚な鍵が解かれる音が部屋に響く。美咲が一歩中に足を踏み入れ、寝室の障子戸を開けると、イグサの香りと共に、ベッドの上で背筋をピンと伸ばして座っている高橋大輔の姿があった。彼の右手首の手錠の鎖が、ジャラリと小さく音を立てる。

高橋の瞳は、美咲が部屋に入ってきた瞬間、パッと明るく輝いた。それは、一日中暗い部屋で主人を待ち続けていた忠実な飼い犬の目そのものだった。

「お帰りなさい、美咲ちゃん。今日も一日、お仕事お疲れ様」

高橋の声は、かつての営業マンらしい力強さは消え失せ、どこか甘えたような、か細いトーンに変わっていた。

「ただいま、大輔さん。今日もいい子にしていましたか? ホワイトボードの数字、見せてくださいね」

美咲はスーツのジャケットを脱ぎ捨て、和服に着替えることもせず、すぐにキッチンの横にある管理用のホワイトボードへと向かった。そこには、高橋が一日を通してこなしたリハビリの回数や、水分を摂取した量が、彼の左手を使って不器用な文字で書き残されていた。

『ボール握り:午前百回、午後百五十回。お水:三杯』

美咲はその数字を指先でなぞりながら、満足そうに目を細めた。

「素晴らしいです、大輔さん。約束をちゃんと守ってくれましたね。回数も昨日より増えています。本当に偉い子です」

美咲がベッドに近づき、高橋の頭を優しく抱きしめると、高橋は彼女の胸元に自ら顔を埋め、ふぅ、と深い安堵の溜め息をもらした。

「美咲ちゃんに褒めてもらえると、すごく嬉しいんだ……。僕、今日も君のことだけを考えて待っていたよ」

「ええ、知っていますよ。大輔さんが頑張っている姿、私、お仕事中もずっとスマホで見ていましたからね。ほら、ご褒美のご飯にしましょうね」

美咲は手際よくキッチンで夕食の準備を始めた。今夜は、高橋が昼間の運動を頑張ったため、彼の好物である鶏肉と根菜の煮物を、出汁から丁寧に時間をかけて作った。

リビングのローテーブルにトレイを置くと、美咲は高橋の正面に座り、お箸で煮物を一口大に 掴んで彼の口元へと運んだ。高橋は迷うことなく、鳥の雛のように素直に口を開け、彼女が与えてくれる食事を受け入れた。

「美味しい? 大輔さん」

「うん、すごく美味しいよ、美咲ちゃん。君の作るご飯が、世界で一番美味しい」

高橋は咀嚼しながら、心からの笑顔を浮かべた。

この密室での生活が始まってから数ヶ月。彼の精神は、美咲による完璧な『条件付け(調教)』によって完全に再構築されていた。「美咲のルールを守れば、美味しいご飯が食べられ、優しく抱きしめてもらえる」「ルールを破れば、冷たい拒絶と強い薬で眠らされる」。その極端な二者択一を繰り返されるうちに、高橋の脳は生き延びるための最善の選択として、美咲への「絶対的な服従」を自ら快感として受け入れるようになっていた。

かつて自分を苦しめていた、香織への罪悪感や、職場での孤立の恐怖。そんなものは、この二メートル四方の青畳の上には一ミリも存在しなかった。彼にとっての善悪の基準は、すべて相原美咲という一人の少女の機嫌によって決定されていた。

食事が終わると、美咲はいつものように、琥珀色の甘いシロップ薬をスプーンに注いだ。

「さあ、お薬の時間です。これを飲んで、今夜も私と一緒に、幸せな夢を見ましょうね」

高橋は自ら進んで口を開け、その薬を静かに飲み干した。

数分後、全身の力が心地よく抜けていき、視界がゆっくりと歪み始める。高橋は美咲の膝の上に頭を横たえ、彼女の細い指先が自分の髪を優しく梳いていく感触を全身で味わっていた。

「おやすみなさい、私だけの大輔さん。明日も、明後日も、ずっとずっと、私のケージの中で生きていこうね」

美咲の甘い子守唄を聴きながら、高橋は完全な平穏の中で、深い眠りの底へと落ちていった。


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