第41話:砂の時計
相原美咲のマンションに幽閉されてから、どれほどの月日が流れたのだろうか。
高橋大輔には、もうそれを正確に数える術は残されていなかった。遮光カーテンが隙間なく閉め切られたワンルームには、朝の光も夜の帳も訪れない。部屋の片隅に置かれたアロマディフューザーが、規則正しくプシューと白い霧を吐き出し、あの代沢の部屋で高橋を絶望させたフローラルな香りを、24時間絶え間なく部屋中に充満させていた。
高橋の右手首をベッドフレームに繋ぎ止める手錠は、今や彼の身体の一部となっていた。
最初の数週間、あるいは数ヶ月の間、彼は爪が剥がれ、手首の皮膚が裂けて血が滲むほどに鎖を引っ張り、叫び、暴れた。しかし、床のコンクリートに直接ボルトで固定された頑丈な鉄のフレームは、彼の必死の抵抗を嘲笑うかのように、微動だに合わなかった。
今では、激しく暴れるだけの体力も、彼の肉体からは失われつつあった。
美咲が毎日、朝と夜に運んでくる完璧な食事。それは確かに美味で、栄養バランスも計算されていたが、食後に彼女の白い指先によって無理やり口の奥へと押し込まれる「甘いシロップ薬」のせいで、高橋の筋肉は常に弛緩し、自分の意思で立ち上がることさえ困難な状態にされていた。
「大輔さん、お髭が少し伸びてきましたね。今日も綺麗にしてあげますね」
土曜日の朝、あるいは日曜日の昼だろうか。美咲は会社がお休みの日なのか、淡いレモン色の小花柄のワンピースを着て、嬉しそうに洗面器とシェービングフォームを持ってベッドの横に腰掛けた。
彼女の顔は、監禁生活が始まってからというもの、驚くほど艶やかで、生き生きとした輝きを放っていた。会社での地味で大人しい事務職の仮面は完全に消え去り、いまや彼女はこの密室の絶対的な支配者であり、高橋大輔という最高の人形を手に入れた幸福な少女そのものだった。
美咲は温かいタオルで高橋の顎を包み込み、優しく皮膚を温めていく。高橋は天井の一点を見つめたまま、微動だにしなかった。抵抗しても無駄であること、そして少しでも拒絶の素振りを見せれば、彼女の瞳から生気が消え失せ、薬の量が増やされることを、彼の肉体は恐怖とともに学習していた。
「大咲さん、会社ね、先月で渡辺さんが本当に辞めちゃったんですよ。大輔さんの退職の件で、課長と激しく揉めたみたいで。ふふ、自業自得ですよね。大輔さんを職場で孤立させようとした悪い人たちは、みんな神様がお仕置きしてくれるんです」
美咲は柔らかいブラシでシェービングフォームを彼の頬に広げながら、まるで昨日のテレビ番組の感想でも話すかのように、会社での出来事を語った。
高橋はその言葉を聴きながら、胸の奥で乾いた笑いを漏らした。
渡辺先輩が辞めた。それはおそらく、美咲が裏で仕組んださらなる悪質な工作のせいだろう。しかし、今の高橋にとっては、もうそんな社内の人間関係など、遠い宇宙の彼方の出来事でしかなかった。高橋大輔という男の社会的な命は、すでに相原美咲という巨大なクモの巣によって完全に吸い尽くされ、消滅しているのだ。
「はい、ツルツルになりました。やっぱり大輔さんは、どんな時でも世界で一番かっこいいです」
美咲はカミソリを置き、濡れたタオルで丁寧に泡を拭き取ると、高橋の唇にそっと自分の唇を重ね合わせた。
冷たく、しかし粘り気のあるキス。高橋は目を閉じたまま、その行為が早く終わることだけを祈り、ただの人形のように彼女の肉体を受け入れた。
美咲は満足そうに微笑むと、高橋の頭を自分の膝の上に抱え込み、その長い黒髪を愛おしそうに何度も何度も撫で回した。
「もう誰にも邪魔されません。大輔さんは、このお部屋で、私の愛だけを食べて生きていけばいいんですよ。ずっと、ずっと、一緒ですからね」
美咲のその甘い囁きが、アロマの香りと共に高橋の脳内へと染み込んでいく。
高橋は、自分の自由が完全に剥奪されたこの異常な日常が、まるで最初からそうであったかのように、精神の奥底でゆっくりと受け入れ始めていた。彼はもう、逃げ出そうとする砂の時計の針を止める気力さえ、失いかけていたのだった。




