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歪んだ愛  作者: S.S
第六章 男性の恐怖と疑惑

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第38話:剥き出しの狂気

302号室の重い扉が閉まり、内側からカチャカチャと、何重もの錠前が閉められる絶望的な音が響いた。

高橋大輔は、リビングの床の上に力なく放り出されていた。足の裏は廊下のコンクリートで薄汚れ、擦り傷から微かに血がにじんでいる。しかし、肉体の痛みなど、今の彼には全く感じられなかった。彼の視線の先には、玄関のドアのサムターンへ、あの強固なプラスチック製の『鍵カバー』を、慣れた手つきでパチンと嵌め直している相原美咲の背中があった。

これで、内側からの脱出ルートは完全に、物理的に消滅した。

美咲はゆっくりと振り返り、床にへたり込む高橋を見下ろした。彼女の顔には、もう「健気で可愛い後輩」の仮面はどこにもなかった。剥き出しになったのは、対象を完全にコントロールし、所有することだけを目的とした、底知れないストーカーの冷酷な正体だった。

「大輔さん。お部屋を出る時、鍵をガチャリって回しましたよね。あの音、私の枕元の集音マイクが、とっても綺麗に拾ってくれたんですよ? 私、大輔さんの寝息のテンポが少し変わった時から、ずっと起きて画面を見ていたんです」

美咲はソファの横にあるスマートフォンを拾い上げ、その画面を高橋の前に突きつけた。

画面には、四分割された映像の中で、高橋が寝室から怯えながら這い出ていき、玄関の鍵を開けて飛び出すまでの姿が、鮮明なカラー映像で録画されていた。

「君は……本当に、最初から僕を監視していたんだな……」

高橋は声を震わせ、床を這うようにして彼女から距離を取った。

「もちろんです。大輔さんが何時に起きるか、お薬を何錠飲んだか、どんな表情で私を騙そうとしていたか、私はぜんぶ、ここから見守っていたんですよ。今夜、大輔さんが睡眠導入剤を舌の裏に隠して、ティッシュに吐き捨てたのも、ぜんぶ見えていました」

美咲は冷たい笑みを浮かべ、高橋が今夜吐き捨てた薬の包みを、ポケットから取り出して床にパラパラと落とした。高橋の完璧な演技だと思っていた足掻きは、彼女の張り巡らせた電子の網の前では、ただの滑稽な一人芝居に過ぎなかったのだ。

「どうして……どうして僕にそこまでするんだ! 僕は、会社で君を普通の後輩として大切に扱っていたはずだ! 恋愛対象じゃなかったかもしれない。だけど、こんな目に遭わされる筋合いなんて、僕にはないはずだ!!」

高橋は涙と鼻水にまみれながら、床を叩いて叫んだ。完璧だった男のプライドは完全に粉砕され、ただの無力な被害者としての悲鳴が部屋に響く。

美咲はその叫びを聞くと、ゆっくりと高橋の前に膝をつき、彼の目線の高さに顔を合わせた。彼女の瞳は、爛々と怪しい光を放っている。

「筋合い、ですか? 大輔さん、あなたが毎朝、私に向かって優しい笑顔をくれた時、私の淹れたコーヒーを『最高だ』って褒めてくれた時、私の頭の中で、私たちの未来は完璧に完成していたんです。あなたが私を『優秀な後輩』って呼ぶたびに、それは私を特別に思っている証拠だって、私の全部が叫んでいたの。なのに……あなたは会社の一歩外側で、あんな安い吉川香織なんて女と愛を囁き合っていた。それが、どれほど私を傷つけたか、あなたには分かりますか?」

美咲の言葉は、完全に歪んだ自己中心的な論理だった。しかし、彼女にとってはそれこそが唯一の、絶対的な真実だった。

「先輩は、悪い女に騙されていただけ。だから、私が正しい場所へ連れ戻してあげたんです。大輔さん、あなたはもう、会社のエースでも、誰かの恋人でもありません。この部屋の中で、私の愛だけを食べて生きる、私だけのお人形なんです」

美咲はそう言うと、バッグの中から、これまで高橋が見たこともないような、頑丈な金属製の『手錠』を取り出した。

「ひっ……!」

高橋は悲鳴を上げ、後ろに退がろうとした。しかし、美咲は蛇のような素早さで彼の足首を掴むと、力任せに手繰り寄せた。

「嫌だ! 離せ! 助けてくれ!!」

高橋は狂ったように暴れたが、美咲は彼の身体の上に馬乗りになり、冷たい金属の輪を、彼の右手首へと容赦なく押し付けた。

カチャリ。

重いロックの音が、静かな密室に冷酷に響き渡った。手錠のもう片方の端は、部屋の床にボルトで強固に固定された、スチール製の重いベッドフレームへと繋がれた。

高橋大輔はついに、物理的な『鎖』によって、美咲のケージの中へと完全に縛り付けられた。

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