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歪んだ愛  作者: S.S
第六章 男性の恐怖と疑惑

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第32話:剥がれゆく仮面

「――大輔さん! 何をされているんですか!?」

部屋に入ってきた美咲の声は、いつもの甘く優しいトーンとは明らかに違い、どこか鋭く、張り詰めた切迫感を帯びていた。彼女は靴も脱がないままリビングへと突進してくると、高橋の身体を鉢植えから引き離すようにして、その前に立ちはだかった。

高橋は、美咲のその異様な血相に圧倒され、思わず一歩、後ろに退がった。

「あ、いや……ごめん、美咲ちゃん。ちょっと、観葉植物のところに小さな光が見えたから、何かなと思って見てみようとしただけなんだ……。それより、どうしたの? 会社はどうしたの、こんな時間に」

高橋の問いかけに、美咲はハッと我に返ったように表情を消し、すぐにいつもの聖母のような優しい微笑みを無理やり顔に貼り付けた。

「あ……すみません、大輔さん。驚かせてしまって。実は、大輔さんのお薬がもうすぐ切れちゃうのを思い出して、お昼休憩を使って、急いで近くの病院でもらってきたんです。大輔さんが一人で寂しがっていないか心配で、焦っちゃって……」

美咲はバッグから、確かに高橋がいつも飲んでいる抗不安薬の袋を取り出して見せた。

高橋は「そうだったんだ……わざわざありがとう」と言って胸を撫で下ろした。しかし、彼の脳裏には、先ほどの美咲の「一瞬の表情」が、強烈な残像となって焼き付いていた。

あの時の美咲の目は、自分を心配した後輩の目ではなかった。まるで、自分の絶対に隠しておきたい秘密を暴かれそうになった犯罪者のような、獰猛で、冷酷な光が宿っていた。

(気のせいだ。美咲ちゃんは僕のために、こんなに尽くしてくれている。僕をストーカーから守るために、自分の家まで提供してくれているんだ。彼女を疑うなんて、僕はどこまで最低な人間なんだ……)

高橋は必死に自分の疑惑を打ち消そうとした。しかし、一度脳内に植え付けられた違和感のトゲは、彼が一人きりになる時間に、じわじわと肉を突き刺すように痛みを増していった。

美咲が再び会社へと戻り、部屋に静寂が戻った後、高橋はソファに座り直した。

彼は、先ほどの鉢植えを遠くからじっと見つめた。やはり、葉の隙間から、あの微小な緑の光が点滅している。

それだけではなかった。高橋は部屋の四隅、エアコンの吹き出し口、天井の火災報知器の周辺へと視線を走らせた。

代沢の自分の部屋にいた時、自分を狂気へと追い詰めた「誰かに見られているような、あの不気味な視線の圧力」。

あの感覚が、この美咲の部屋に入ってからも、全く消えていないことに高橋は気づいてしまったのだ。

いや、むしろ代沢の部屋にいた時よりも、その視線の圧力は、さらに濃密に、逃げ場のないほど至近距離から自分の全身を舐め回すように注がれている。

高橋の背中に、じっとりとした冷たい汗が吹き出した。

(どうしてだ……? ここは香織も知らない、会社の人も知らない、安全な場所のはずだろ。なのに、なんで僕はまだ『誰かに見られている』と感じるんだ……?)

高橋は立ち上がり、今度は美咲に気づかれないよう足音を消して、キッチンへと向かった。

彼は、美咲が毎日料理を作ってくれるキッチンの棚や、自分が使っているマグカップの裏側を恐る恐る確認した。何もない。しかし、リビングのローテーブルの引き出しをそっと開けた瞬間、高橋の指先が、完全に凍りついた。

引き出しの奥、領収書などが乱雑に仕舞われた束の間に、小さな『領収書の束』があった。

高橋は何気なくその一番上の紙を引っ張り出し、記載されている内容を目で追った。それは、美咲が数週間前に秋葉原の専門店で購入した、商品の明細書だった。

『超小型ピンホールカメラ(電工仕様)×3』

『広帯域盗聴集音マイク×2』

『ディンプルキー複製・特殊粘土キット×1』

ドクン、ドクン、ドクン。

高橋の心臓が、耳の奥で壊れた鐘のようにけたたましく鳴り響き始めた。

手の中の紙が、恐怖のあまりガタガタと激しく震える。

超小型カメラ。盗聴マイク。そして、ディンプルキーの複製キット。

代沢の自分の部屋は、強固なディンプルキーで守られていたはずだった。鍵を紛失したこともない。なのに、誰かが中に入り、香水の匂いを残し、手紙を置いた。

「複製……キット……?」

高橋の脳内で、これまでに起きたすべての出来事――吉川香織のロッカーへの嫌がらせ、渡辺先輩のデータ書き換え、女性社員の間のセクハラの噂、自分の部屋での幻聴、香水の匂い、そして、自分をこの部屋へと完璧なタイミングで導いた、度重なる『偶然の出会い』。

そのすべての点と点が、相原美咲という一人の少女の影を通じて、一本の、巨大で、凶悪な線へと繋がった。

「まさか……美咲ちゃん、君が……」

高橋は、自分の口を両手で強く押さえた。声を上げれば、部屋のどこかにある『電子の耳』に、自分の気づきがすべて盗まれてしまうという恐怖が、一瞬にして彼の全身を支配した。

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