第26話:24時間の共犯者
その日の夜、相原美咲は自分のマンションの部屋で、特等席の観客になっていた。
部屋の明かりをすべて消し、ベッドの上に寝転びながら、スマートフォンの画面を凝視する。画面の向こうでは、午後九時過ぎに帰宅した高橋大輔が、疲れ切った様子でリビングのソファに倒れ込む姿がリアルタイムで映し出されていた。
『はぁ……』
高橋の深い、絶望的な溜め息が、スマートフォンのスピーカーを通じて美咲の耳元へとダイレクトに届く。美咲はその声を聴いた瞬間、背筋にゾクゾクとした甘い快感が走るのを感じた。まるで、彼の吐息が自分の耳元に直接吹きかけられているかのような錯覚。
高橋はしばらく動かなかったが、やがてポケットからスマートフォンを取り出すと、美咲にメッセージを送り始めた。ほぼ同時に、美咲の画面に通知がポップアップする。
『美咲ちゃん、今家に帰ってきたよ。今日も会社でみんなの視線が辛かった。君のメッセージだけが救いだ』
美咲は画面の向こうで、高橋が寂しげに画面を見つめている姿を見下ろしながら、指先で優しい返信を打った。
『大輔さん、今日もお疲れ様でした。本当に大変でしたね。私はいつでも大輔さんの味方ですから、無理しないで、今夜はゆっくり休んでくださいね』
画面の中の高橋が、美咲からの返信を見て、ホッとしたように一瞬だけ表情を緩めるのが見えた。彼はスマートフォンを胸に抱きしめるようにして、ソファに横たわった。
「大輔さん、私がすぐ近くにいるのが見える?」
美咲はスマートフォンの画面に映る高橋の頬を、自分の指先でそっとなぞった。
彼が何時に起き、何を食べて、何時に薬を飲み、どんな姿勢で眠るのか。美咲は24時間、彼のすべてを監視し、彼の生活の共犯者となった。
高橋がリビングの電気を消し、寝室へ移動する。美咲もそれに合わせて、アプリの画面を寝室のカメラへと切り替えた。
高橋はベッドに入り、サイドテーブルの薬を口に含むと、すぐに目を閉じた。数分後、彼の呼吸が規則正しく、深くなっていく。睡眠導入剤が効いて、深い眠りに落ちたのだ。
美咲は画面から聞こえてくる彼の静かな寝息を聴きながら、自分もゆっくりと目を閉じた。
高橋大輔は、誰もいない孤独な部屋で一人きりで眠っていると思っている。しかしその実、彼の睡眠さえも、美咲の歪んだ愛の視線によって完全に包まれて管理されていた。
美咲が仕掛けた「侵入と秘密の共有」の罠は、高橋が気づかないうちに、彼のプライベートのすべてを完全に侵食していた。彼はもう、一分一秒たりとも美咲の視界から逃れることはできない。物語は、この24時間の監視が、やがて高橋の中に「新たな恐怖と違和感」を生み出していく、より不穏なフェーズへと進んでいくのだった。




