第6の不思議︰呪われネットワーク-10
泰成くんが忘れ物とかで戻ってこないと確信できるまで待ってから、オレは宮華に声をかけた。
「おい。帰ったぞ」
その言葉をきっかけに、麻痺毒喰らったか時間停止モノみたいになってた宮華が大きく息を吸って動き出した。ノート開いて早々に人見知りが高まって動けなくなってたのだ。
「今日はまた酷かったな」
「急にテンション上げたり無になったり大声で笑いだしたりするんだもん」
「で、どうだった?」
「一路は?」
「そうだな……情緒不安定なところはあったけど、それ以外はまあ、普通におとなしい感じだったな。考えてみりゃ暴れただのそういうのはあるけど、普段からガラが悪いとか恫喝してくるとかカツアゲしてるとか、そういう話は聞かないもんな」
「普段は地味で大人しいのに急に暴れだすから余計ヤバいんでしょ。今日だっていつキレだすか心配だったんだから」
よっぽど不安だったのか、宮華は強い口調で言う。
「うーん。でもまあ、普通に接してれば大丈夫そうな気がしたけどな」
「だといいけど」
宮華はため息混じりに言った。
翌日、部活に現れた泰成くんはパズル雑誌を持ってきてた。クロスワードとか数独とかが載ってるようなヤツだ。
「よう」
「おう」
その日他に来てたのは宮華と日下さんだけ。宮華はスマホで何かしていて、日下さんは天井を見つめてスタンバイモードだ。
泰成くんはそんな二人をチラリと見ると空いてる席に座って、黙々とクロスワードに取り掛かった。
それはいいんだけど、難題で詰まると舌打ちして貧乏ゆすりをし、ペンを机に叩きつけようとして我に返り気まずそうにこっちを見たり、解けたら解けたで
「よっしゃ来た! いよぉっし! えぇ、おぉ!!」
とか大声出してガッツポーズ作って、またこっち見て気まずそうにスンってなったり、かと思うとスマホ取り出してこっちが心配になるくらい長いことニヤニヤしながら画面眺めたりと、なかなかハラハラさせられた。
その後はまたパズル雑誌に戻って、今度は簡単なものをやってるのか、さっきみたいな突然の状態異常は起きなかった。
それからも毎日、放課後になると泰成くんは部活にやってきて、パズル雑誌をやったりスマホで何やらやったりしていた。昨日は部室に私物を置いていいか聞かれたので許可したら、今日になってやたらデカくてピース数の多いジグソーパズルを持ってきた。一人で無心に黙々と作業するのが好きみたいだ。
それでもときどき状態異常によるオーバーアクションや大声が起きて、オレたちは気を取られてしょうがなかった。部活が終わると変な気疲れでぐったりしてしまう。それでも、宮華や日下さんが少しずつ泰成くんのいる空間に馴染んできてるのは前向きに評価したい。
間近で毎日観察してて解ってきたこともある。まず、突発的なそうした行動は長続きしない。そして、本人もそうしたことはなるべくしたくないと思ってるらしい。泰成くんがウチの部に入らされた理由と、何か関係がありそうな気はする。
七不思議創りについては、ここへ来てまた停滞していた。まず泰成くんに霧島さんが入ったことで、部活中に相談するのが難しくなった。結局はLINEか、みんなが帰ったあとに話をするくらいだ。
それと今回、初の試みってことで検証した結果が悪かった。上手く行かないのだ。ターゲットのそばでテザリングをオンにしても、相手のスマホに通知が出るわけじゃない。しかもウチの生徒はだいたいwifiオンにしてて、学校に着くと勝手にそっちの回線につながるようになってる。
つまり、普通に過ごしてたらこっちのwifiには気付かない。学外でだって、わざわざ接続できる先をリスト開いて探しでもしない限り、目にすることはない。
だからターゲットがこちらの回線を見付けて繋ぐようにするためには、何かひと工夫が必要だってことだ。
そして相変わらず、ちょうどいい人間の電話番号も手に入れられていない。これについては完全に詰んでるような気がする。
諦めて他の案にするかって話も出ては来るけど、これと言ってパッとした代案もない。
残りはあと二つ。七つ目の不思議はもう宮華の中で決まってるそうで、そうなると実質今回のでゼロから考える不思議は最後ってことになる。だから他の何かに変えるにしても、それなりのものじゃないと悔いが残るだろう。
ただし、何となくだけれど宮華の中では電話番号の件も、こちらの回線に気づかせることも、どちらももう筋書きができてるような気はする。ただ、何かがあってそれをオレと日下さんに言うのを迷ってるみたいだ。
もちろんそれはたんなる願望かもしれない。けれどここ半年ちょいのあいだ宮華を見てきた身としては、根拠なくてもそこそこ当たってる自信がある。
進まない七不思議創り。精神力を消耗させる泰成くんの挙動。両方のおかげでオレたちの気分は重苦しかった。それなのに日ばかりが過ぎて、気付けばもう11月も残り少なくなっていた。
紳士同盟では“一人も欠けることなく新年を迎えよう”という謎のキャンペーンが開始された。ちなみに恋人ができると同盟からは除名される。つまり、オマエらクリスマスだからって彼女作るんじゃねぇぞ、ってのがキャンペーンの趣旨だ。
そういやラブコメや王道の恋愛物、そうじゃなくても学校を舞台にした漫画やアニメ、ラノベなんかじゃクリスマスはわりと大きな存在だ。ところが、ウチの部では12月が近づいてもクリスマスのクの字も出ない。たぶんこのままスルーして冬休みに入るんだろう。
それはそれで構わない。どうせ宮璃と、ついでに峰山さんとで何かクリスマスらしいことはするだろうし、オレとしてもそれで充分だ。たぶん、二人ともイブや当日は予定があるだろうから、きっと23日か26日かな。未だに二人からもその辺については何の話も出てこないけど、きっとサプライズ的なアレなんだろうと思ってあえてオレも触れないようにしている。ひょっとして何もないのでは? という可能性に怯えているわけじゃない。
そんなわけで現状では帯洲先生だけがSNS上でたった独り平静を装いながら、さりげなく、しかし激しくも狂おしく彼氏が欲しい、クリぼっちは嫌だということを匂わせている。今日なんかいきなり廊下で呼び止められて、
「郷土史研究会はクリスマスは……あ、なにもない。そうか……いや、実は先生も教育に身を捧げているからその時期は学期末で忙しくてな。友達やなんかと過ごすのは難しそうなんだ。だから、その、なんだ。日ごろ部長としてがんばってる長屋くんをねぎらう意味でだな、ケーキくらいは一緒に食べてやってもいいぞ。もちろん、先生のおごりだ。もし本当に最後の手段として万が一そうすることになったら、どのコンビニのケーキが好きか教えてくれ」
と、恐ろしいことを言われた。なにその地獄みてぇな企画。なぜコンビニ縛りなんだ。しかも後半で“本当に最後の手段として万が一”って言っちゃってるし。そうとう精神的に追い詰められてるらしい。ま、先生のおかげでオレもかなり追い詰められたけどね今。はたして心の準備が整うかどうか……。いや、やらないからな!?




