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死人  作者: 井原枝葉
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7/11

枯れ葉のようには、

誰もいない病室で、彼女は虚空を見つめていた。

「久しぶり。日和。ごめん。全然会いに来れなくて。」

無精髭を生やし、傷だらけの眼鏡をかけた私が数年越しに会いに来て、果たして日和は嬉しいだろうか。

「言いたいことがたくさんあったんだ。いいかな」

瞳が、ほんの少し、私だけが気づける程度に、動いたような気がした。

「私はもう、小説を書けなくなったよ。何も、残せやしない。君と同じように、私も死んでる。ただ、私のものがこの世にあるということが、未練なんだ。だから、日和が持ってる『想い』を、私に返してくれないか。勝手でごめん。許して欲しい」

嫌だ。離さない。

彼女の口は一切動いていないが、そう聞こえた。

「日和。もういい。もういいよ。私は早く眠りにつきたいんだ。いや、日和。やっぱり、いいや。もう、二人でここから居なくなろう。お互い、中途半端なままだ」

私は、彼女の首に手をかけようとした。

日和はそれを拒んだ。

私の腕を掴み、掠れた声で私に言った。

「嫌、退蔵、生きて」

「日和…」

目を疑うべき事実より、その言葉に意味があった。

もう、やめてくれ。私を留めようとしないでくれ。

「名前、退蔵さんって言うんですね。出てきたんだ」

私の背後、病室の入り口から、名前の知らない彼女の声がした。

「日和ちゃん、生きて欲しいって言ってますよ。いいんですか?」

「…何が」

「彼女の想いを無下にして」

そんなの、いいわけがないじゃないか。

そうだ。そうだった。

私は日和を愛していたんだ。

愛して、愛して、今だってどうしようもなく愛してる。

死ぬとか生きるとか、そんなことよりも、日和にただ、褒めて欲しかった。

それだけで良かったのだ。

見ず知らずの他人の言葉なんかでは、満たされなかった。

全部、日和のためだった。

この期に及んでまだ、私は欲張りなんだ。

すまない。日和また後で来る。

私はすぐに家に帰った。

急に空腹を感じ、腹が膨れるまで食べ続けた。

私にとって、生きるということはなんなのか。

ずっと、誰にも言わず考えてきた。

私は、生きる。

気づけば、酒のグラスを放り投げ、畳を盛大に濡らすのに見向きもせず、私はペンを握っていた。

生み出す。

私は、それこそが生きることと信じた。

日和に伝えたいこと、言いたいこと、経験したこと、全てを物語にした。

ペンを走らせ、貯めていた白紙を一枚残らず埋め尽くし、机にも、壁にも、私の手が届かなくなるまで幾つもの物語を広げた。

私は今、生きている。

死んでなんかいない。

後先も何も考えず、ただ、生きている。

ふと、窓の外へ目をやると、すっかり暗くなっていた。

日和に会いに行ったのが早朝のことだったから、丸一日中、生み出し続けていた。

後ろに倒れ込み、手元にグラスがないことを再認識してから、グラスがあった場所にインクの切れたペンを突き刺した。

次のペンを取り出し、また書き始めた。

書かないと、生きていられないような不安に駆られた。

一種の精神疾患とも言えそうな程に。

でも、それでも、私は、生をしていた。

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