死ぬということ。
彼女が来なくなって二日経った。
不思議と、お腹は空いていない。
食べる、ということは生きること。
私は、彼女に無理やり流動食を流し込まれた時以外何も食べていない。
生きるということは、生活するということ。
私は、何もしていない。否、できない。
買い込んであった酒を飲むことと、ただ、ただ、ペンを震わせることしかできない。
ペンを持ち、白紙と向き合っては溜息を吐き、後ろに倒れ込む。
そうすると丁度、手元のあたりにガラスがあるので、寝たまま口へと運ぶ。
その中身を上手く飲み込むことができず、苦しくて吐き出し、畳を濡らす。
命の営みを何一つしない。
到底生活とも言えない私の姿を見ていた彼女は何を思い、何を感じていたのだろうか。
「好き、か…」
私の妄想でなければ、彼女は確かに、"好き"と、私を"好き"だと、そう言った。
そして、"いい話"、一番""と。
小学生並みの感想ではあったものの、結局、彼女は私を「評価」した。
彼女も私を評価する人間の一人だったに過ぎない。
私は何も言えなかったが、言おうともしなかった。
…ひとつ、思い出した。
どうして忘れられただろう、私にはかつて、恋人があった。
いつだったか、中学生のときだろうか。
名前を、七海日和と言った。
付き合ってから二ヶ月か三ヶ月が経ち、日和は学校に来なくなった。
また少し経ち、日和の様子が気になった私は、彼女の家を訪れた。
私を出迎えた彼女の父は、私に、日和が睡眠薬を過剰摂取して自殺を図ったことを告げた。
幸い、彼女はまだ生きているそうだ。
彼女の父の話を途中で遮り、私は自転車を走らせ、市の総合病院へと向かった。
受付に日和の場所を尋ね、彼女の病室の扉は開くと、そこには植物状態の日和がいた。
数日前のことだったらしく、翌日のホームルームで日和の自殺未遂の原因がいじめだったことを知った。
傘教諭が、クラスで日和の遺書を印刷して配った。
内容は、詳しくは覚えていない。
だが、一つ、筆圧も文字の大きさも震えも鮮明に覚えている一部分がある。
「私の大好きな人が書いてくれた本があります。題は、『想い』。内容は、一人男の子が、私を見立てた女の子、絢香への恋心を書き連ねた恋文の様なものでした。彼の言葉は綺麗でした。私とは不釣り合いな程にです。私はいじめられていました。彼の様な綺麗で、美しい人間に惹かれた私は、彼を縛り付けてしまっていたのかも知れません。『想い』の男の子は、どんな時も絢香のことだけを考えていました。その果てに、自殺をします。私、思ったんです。絢香の所為だって。だから私は、退蔵のために、この世から去ろうと思います。退蔵が、幸せに生きられますように。ばいばい(。・ω・)ノ゛」
愛おしいその文体は、私の心を締め付けた。
あぁ、そうだ。私にも、傷を痛むことはできる。
そう言えば、食べ物の彼女は、他の本は持ってきたのに、『想い』だけ持ってこなかった。
日和は、あの病院で今も死んでいるのだろうか。
私はもうじき意識を失うだろう。
最後に、彼女と一緒になりたい。
私は安定しない足取りで幾年ぶりに家を出た。




