生きる。
学校のトイレはやけに綺麗で、フローリングシートが貼ってあった。
清潔感がある広い空間で、僕は木の窓枠から顔を出した。
外の空気は美味しく、流れる風に少し肌寒さを感じた。
もうすっかり秋になった。
紅葉する木々を眺め、落ち葉掃きは大変だろうなと思った。
トイレから出て、僕は隣のクラスの担任である顧問に部活動欠席届を提出した。
家庭の事情、と書いたが、そんなものはなくただのサボりだ。
学校の敷地を抜け、近所の公園に足を運んだ。
学校が見えるベンチに腰掛けると、下校中の生徒が数名ずつ絶え間なく公園の前を通り過ぎていく。
僕は、ノートを開き、筆箱からペンを取り出し、太腿の上に置いた。
少し前、仲の良い同級生である橋本光が自動車に撥ねられ、亡くなった。
一週間ぐらいは、各教科の先生が毎時間毎時間、その話をしていたし、四回程朝会も開かれ、学校中がどよめいていた。
しかし、いつの間にか光の話をする人はいなくなった。
まるで、なかったかのように。
それから、"死"が怖くてたまらなくなってしまった。
死ねば何も残らない。
だから、残したくなった。
僕が生きた証というものを。
ペンを動かし、人と世界を編む。
彼女に贈るため。
そして、いつか、誰かの心に残ってくれることを願って。
三十分余り、景色を眺めながら書いていた。
予報通り、雨が降り始めたので、傘を開いて首で挟んだ。
一章を書き終え、空を見上げると、とっくに雨も止み、辺りは少し暗くなっていた。
親に叱られるので、今日はもう家に帰らなくては。
立ち並ぶ家々、景観を損ねる電線、やけに多いマンホール、ひび割れたアスファルト、蓋の外れた側溝、煙草の吸い殻、捨てられた空き缶、車の下に隠れる首輪の付いた猫。
この町は、生きている。
生きている。
人が誰もいなくなったら町は死ぬのだろうか。
死んでも、人が住んだ家などは残る。
僕は、町か、何か、死んでも残り続けるものになりたいと思った。




