生前。
「東木、それ、やめてくれ」
桐生さんが、目を閉じ天井を仰いでいる僕に、鬱陶しそうに言った。
「早く喋ってくれ。全然喋らないくせに、口を開いたと思ったら、大したことも言えないんだから。お前と話すの時間の無駄だよ」
何と言おうか、俯いていたら、
「そういうところだからな」
と言って、桐生さんはさっさと行ってしまった。
確かに、僕はみんなのようにスラスラと喋れないけど、よく考えて発言しているつもりだ。
だが、それも無意味だったらしかった。
僕は何も言うことができなかった。
「退蔵、早くして」
姉の言葉は先程、僕に"アレ"をとって来ることを指示した。
しかし、当然、"アレ"と言われただけでは、僕には皆目見当もつかない。
「私の棚に置いてあるから」
どこにあるのか言われただけでは、何を持っていけばいいのか、わからない。
僕はやっと、口を開いた。
「"アレ"って、何?」
「…もういい」
姉は、早足で僕の前を通り過ぎ、化粧道具がまとめられた箱を手に取った。
「私がドレッサーに向き合ってるんだから普通わかるでしょ。察してよね、愚図」
理不尽だと思った。
だけど、僕は間違っている。
だからきっと、姉は正しいことを言っているのだ。
僕は愚図だったのだ。
普通、わかることがわからないなんて、愚図だ。
その通りだ、と思ってしまったから、僕は何も言うことができなかった。
最近、僕には、できないことが増えた。
大人になる頃には、いずれ何もできなくなって、一人で生きていくことが、できなくなってしまうんじゃないだろうか。
死にたくない。僕は生きていたい。
みんなと同じように、僕は僕でありたい。
それが大人になった僕に、許されているのなら。




