第20話 ようこそ、アストリアへ
「アストリアに行く? ……マナトも一緒にか?」
「あぁ。こんな状態のリリィを、一人で行かせるわけにはいかないからな。……それに俺は姫専属の軍師なんだ。何かあったときに、いないと困るだろ」
学人は少し照れ臭そうに目を背けながら言う。
絶望に染まるリリィの心に、少しだけ光が差し込んだ。
――リリィの信じる、兄上様を信じる。きっと、兄上様は兄上様のままだ。……リリィが助けなくては。
次第に、絶望は使命感に色を変えていく。
胸中に黒く渦巻く不安は完全には晴れはしなかったが、それでも、リリィの瞳はようやく力を取り戻した。
「……マナト、ありがとう。……よろしく頼む。よし、そうと決まれば、準備をせねばだな。少し外に出てくる」
リリィはそう言って足早に出かけていった。
◇
帰ってきた彼女は、様々なガジェットや機械部品を手にしていた。
学人にパソコンを借りるぞ、と一言言ったかと思えば、そこから数時間、ひたすらその機械部品とパソコンを弄り続けていた。
学人は、真剣な表情で作業を続ける彼女を、ぽかんと眺めるだけだった。
「……よし、できた。マナト、これを使ってみてくれ」
渡されたのは、インカム付きのヘッドホンのような形をした機械だった。
言われるがままに、学人はそれを装着する。
「Hlaruval, Manato?(聞こえるか?マナト)」
リリィはエルフの言葉を発したが、インカムを通して聞こえたそれは、日本語に変換されていた。
「なっ……!! お前まさか……?(Ná…! Nai tyë…?)」
逆に、学人の発した日本語は、エルフの言葉となってマイクから出力された。
「うむ、うまくできたようじゃ。リリィ手製の自動翻訳機。……<万言を繋ぐ者>とでも名付けておこう」
学人は、相変わらず厨二感溢れるのリリィのネーミングセンスに少し苦笑したが、彼女にそれを考える心の余裕が出てきたことに安堵し、小さく息をついた。
「やっぱすげえな、リリィの<天の叡智>。これで、アストリアの人たちともコミュニケーションできる」
「ああ。……準備ができたら、界門に向かおう」
「界門が使えるのか? 転移魔法を使うもんだと思ってたけど。そしたら、これまでも、魔力を使わなくても元の世界に帰れたのか?」
学人の純粋な疑問に、リリィはぎくりとした。
――そうだった。界門からいつでも帰れることは、マナトには内緒にしていたのだった。
表向きには、こちらの世界の勉強、そして魔力の節約のためにまだ帰らないと伝えていたが、その実、彼女が秋葉原に居続けた主な理由は、そこに学人の存在があるからにほかならなかった。
今更、それを学人に知られてしまうのは、恥ずかしすぎる。
「フィ、フィグが、先ほど開いてくれたのだ!」
リリィは珍しく慌て、適当に取り繕った。
フィグにそんな高度な魔法が使えないことは、学人も知っている。苦しい言い訳だったが、幸運にも、学人はそれに気づかなかった。
目前に迫るアストリアへの旅路に、意識が集中していたのだろう。
リリィも今一度気持ちを新たに、自らの頬を両手で強めにぱんと叩くと、胸に燃える使命感に薪を焚べる。
淡い水色のローブを靡かせながら、颯爽と立ち上がった。
◇
学人の住むアパートから程近い裏路地に、その界門はあった。
路地の壁面には、言われなければ誰も気づかない程度の歪みがあり、リリィがそこに手をかざすと、歪みはぐにゃぐにゃと形を変えながら広がっていく。
そしてついに、その歪みは、人ひとり、いやオークひとりも余裕で通れるほどの大きな穴となった。
「マナト、いくぞ」
リリィは学人に声をかけ、先にその穴へと足を踏み入れた。
学人は力強く頷き、その後へと続く。
その穴の中には、入口から想像するよりももっと広々とした空間が広がっていた。
その空間は静謐に包まれており、リリィたちの足音すら響いていなかった。
側面は、白い螺鈿のように不思議な輝きを放っている。
学人はその不気味なまでの美しさに思わず目を奪われたが、脇目も振らずにずんずんと前を進むリリィを見るや、慌てて速足でそれを追いかけた。
そうして数刻足を進めていると、ついにその空間の先に、入口と同じような穴があるのが見えてきた。
――ここを出たら、いよいよアストリアか。
二人は、同じことを心の中で呟いていた。
リリィの胸にあるのは、久方ぶりの祖国の帰郷に際する僅かな喜びと、それ覆うような重厚な不安。
そして、兄を必ず救い出すという燃え盛る使命感だった。
学人は、極限まで高まる緊張に、武者震いが止まらなかった。
しかし、彼の震える体を突き動かしているのもまた、リリィを守るという、一つの使命感であった。
その使命感の裏に萌した仄かな愛には、彼はまだ気づいていない。
リリィは彼女のローブをぱんと一度叩き、その穴から足を踏み出した。
それに少し遅れて、学人は大きく深呼吸をした後、<万言を繋ぐ者>を装着し、彼女の後に続く。
リリィは久しぶりの、学人は初めての、アストリアの大地を、共に踏みしめた。
◇
顔を上げた学人の目の前には、秋葉原とは全く異なる街並みが広がっていた。
白砂の地面の上に立ち並ぶ透明な建物は、さながら氷の彫刻のように美しく、柔らかな陽の光を受けてきらきらと輝いている。
その間に丁寧に植えられた色とりどりの草花も、街に鮮やかな彩りを添えていた。
リリィは学人を振り返り、ふっと微笑んだ。
「マナト。我が美しき故郷、アストリアへ、ようこそ」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしこのお話を気に入っていただけたら、
ぜひブックマーク、感想、評価、リアクション等を残していただけると大変励みになります!
しばらくは毎日ペース、13時頃更新を予定しています!(17時から変更しました)
今後とも、楽しんでいただけますと嬉しいです✨




