第21話 邂逅する、二つの世界
美しいアストリアの街並みは、学人の目を奪って離さなかった。
街全体が宝石のように輝いており、眩しいほどだ。
そして、一際存在感を放っているのが、遠くにそびえる氷で出来た城である。ファンタジーの世界で描かれる、美しい城のイメージそのものだった。
「あれが、アストリア城だ。マナト、向かうぞ」
リリィは街中で騒ぎになることを避けているのか、フードを目深に被り、小さな声で囁いた。
学人も小さく頷き、後に続こうとする。
その瞬間、突然後ろから肩を掴まれた。
「ユウキ・マナトだな?」
低く鋭い声でそう呼びかけられる。
美しい街並みに高鳴っていた学人の心臓は、唐突に鷲掴みにされたように縮み上がった。
衝撃と恐怖になかなか振り返れないでいる学人より早く、リリィがその影を捉えた。
「フィグ。驚かすのはやめろ」
リリィがその男に声をかけると、男はすぐに学人の肩から手を外し、恭しく膝をついた。
「リリィ様。久方ぶりにお目にかかれたこと、心より光栄にございます。このフィグ、姫様が行方を眩ませて以来気が気ではなく……。お傍でお守りできず、申し訳ありませんでした」
フィグは敬愛と懺悔の入り混じったような表情でそう言った。
「心配をかけたな。だが、問題ない。あちらでは、このマナトがリリィを守ってくれたのだ」
リリィが自慢げに学人を手で示すと、フィグは一気に苦虫を噛み潰したような顔に変わった。
「……リリィ様を守ってくれたこと、感謝申し上げる、ユウキ・マナト」
その台詞と嚙み合わない苦々しい表情と敵対的な目つきのまま、フィグは形式的に礼を述べた。
学人は苦笑いするほかなかった。
「リリィ様。王がお待ちかねですので、移動魔法で一足先に戻られては? 私は、この男にアストリアの観光名所を案内しながらゆっくり向かいますので」
フィグは笑顔を貼り付けてそう申し述べる。
学人はフィグの魂胆をなんとなく察し、リリィに目で”行くな”と合図をしたつもりだったが、気付いてはくれなかった。
一言リリィが呪文を呟くと、次の瞬間には、その場にはいるのは学人とフィグの二人だけになっていた。
リリィが去ったのを確認するや、フィグの声はまた数トーン下がった。
「お前、姫様に手を出していないだろうな。指一本たりとも、触れることはこのフィグが許さないぞ」
やはり彼の目は明らかに学人に敵意を抱いていた。
敬愛する姫様の同衾相手とあっては、当然のことなのかもしれない。
「手なんて出すわけないだろ。……指一本触れてないってことは……ねえけど……」
「おい、触れたのか!?!? 私ですら触れたことのない姫様の肌に……!?!?」
フィグの緑色の瞳は、蛇のように鋭く吊り上がった。
「私がお傍に仕えるからには、もうお前の好きにはさせないからな。姫様を守るのは、従者である私の役目だ。お前はもう、御役御免と言ったところだ」
そう吐き捨てると、フィグは学人を置き去りにしてずんずんと城に向けて足を進め始めた。
学人の口からは溜息が漏れる。後ろからとぼとぼと、彼を追うほかなかった。
◇
遠くから眺めていても十分美しかったが、近くで見上げるアストリア城は、まさに壮観だった。
学人はもう少しそれを堪能したいと思っていたが、フィグは相変わらず彼に猶予を与えてはくれず、そのまま王の間へと催促されてしまう。
「王、ユウキ・マナト殿がお見えになりました」
先ほどまでの剣吞な態度はどこへやら、フィグはぴしりと畏まり、学人を恭しく手で示しながらそう王に告げた。
――こ、こいつ……!
そのあまりの二枚舌っぷりに、学人はもはや呆れかえってしまう。
「おお、お主がリリィを救ってくれた地球の民じゃな。勇敢なる<神の盤上師>、ユウキ・マナトよ。アストリア王として、……そしてリリィの父として、心より感謝申し上げる」
王は玉座から立ち上がり、深々と学人に向けて頭を垂れた。
学人はすっかり感服した。
――大国の王たる者が、よそ者の、しかもこんなだらしない若者に、こうも遜ることができるのか。
その威厳と慈愛に満ちた王の姿は、その一瞬だけでも、名君の風格を窺わせた。
「……今般、アストリアまで遠路遥々足を運んでくれたのは……エリオのことじゃな」
王から不意に出た「エリオ」の響きに、その場の空気がぴりっと凍り付くのを誰もが感じた。
「父上様。お心当たりがあるのですか……?」
リリィはおずおずと父に向けて問いかける。
「心当たりと言えるか、まだ定かではないが……先日、このような便りがダルセリアから届いた」
「だ、ダルセリア……?! なぜまた突然……?」
ダルセリア。
それは、アストリアからは少し離れたところにある、エルフの王国である。
しかし、ダルセリアのエルフは、アストリアと者は様相を大きく異にしていた。
褐色の肌。黒い髪。鋭く尖った目。そして、好戦的で狡猾な気質。
彼らは、”ダークエルフ”と呼ばれ、エルフ族の中でも区別されている存在だった。
その気質の違い故、アストリアとダルセリアは相互に干渉することはなく、国交も皆無と言って差し支えないほどだ。
そのダルセリアから届いたという便りを、アストリア王はリリィたちに手渡した。
”親愛なるアストリア王、
美しき王子と姫君はお元気でしょうか?
近々一度、わが国にも足を伸ばしていただきたく、お待ち申し上げます”
このタイミングでのダルセリアからの便り。そして意味深なエリオとリリィへの言及。
誰がどう考えても不穏な要素しかないその文面に、学人は背筋が寒くなるのを感じていた。
それでも、彼に迷いはなかった。
学人が顔を上げると、リリィも同じような表情で彼を見つめている。
「行くしかないな。……ダルセリア」
二人は静かに頷きあった。
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