うまいメシ
小林翔馬は、ごく普通の弁当屋である。
毎日釜で炊いたご飯のおこげで作った雑炊を食べ、毎日中途半端に残った総菜をつまみに晩酌する、齢32の弁当屋である。
今日も今日とて、新しく入ったパートのおばちゃんがレジでテンパっているのをフォローしたあと、行きつけのコンビニでスイカチューハイと梨のお酒を買って家路についていた―――のだが。
キイィイ!!キ――――イイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
小林翔馬の魂と…、女神が対面している。
「小林翔馬さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
────────
小林翔馬(32)
レベル26
称号:転生者
保有スキル:うまいメシ
HP:32
MP:55
────────
「というわけで、いきなり草原ねえ…、空が高すぎんだろ」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…弁当屋の前に現れた!
「おおっ!スライムだ?!武器も何もないし…ここはひとつフレンドリーな方向で何とか!い、意思の疎通!」
うろたえる、弁当屋。
「そうだ、保有スキル!これを試せばなんとか…《うまいメシ?》よーし、たらふく食わせてやんよ!!」
うばほん!!
明治44年創業、弁当のヒラマサの厨房が出てきた!!
業務用の冷蔵庫には食材がたっぷり詰まっている!
ガス炊飯器には、5.5升の米が炊きあがっているぞ!
弁当屋は前日に仕込んでおいた食材を使って手早くおかずを作っていく!
唐揚げ、ハンバーグ、野菜の煮しめ、サバの西京焼き、カジキの照り焼き、豚スタミナ炒め…。
弁当屋は今朝仕入れたばかりの新鮮な野菜を使って手早くおかずを作っていく!
ほうれん草の胡麻和え、ポテトサラダ、ナスの煮びたし、オニオンリング、ブリ大根、しいたけのはさみ揚げ…。
弁当屋はカラの弁当箱を積み上げた!
「スペシャル弁当だ!!」
作ったおかず、炊きたてご飯、梅干し、漬け物を手早く詰めていく弁当屋。
調理台の横にある作業台の上に、色んな弁当がずんずん並んでいく!
そして…それを次々と食べていくスライム!
なんという傍若無人!
「ちょ!!まだふたもしてないのに!!」
そんなのしなくていいよ!!
気を使ったスライムは、厨房で出来上がっているおかずを鍋から直接食べ始めた。
「あっ!!それはまだ作ってる途中だから…ぎゃああああああああああ!!!」
マリネ用に揚げた小鯵を食べ始めた不届きものを制止しようとした弁当屋は、うっかりスライムの体表を覆う猛毒に触れてしまい、秒で絶命した。
ご機嫌で草原のど真ん中に現れたものの残骸を捕食していたスライムだったが、お楽しみとして最後に残しておいた一番おいしそうな大盛り唐揚げ弁当を通りすがりの魔狼にかっさらわれて激昂し、あたり一面に猛毒を撒き散らして異世界委管理組合から危険スライム認定されたのちどこかの祠に封印されたらしい。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
弁当屋は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
弁当屋はコンビニでスイカチューハイと梨のお酒を買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「もうちょっと早く通りかかってたら…週末の地域運動会用に仕入れた大量の食材が使えなくなってたかもな…こえ~!!」
弁当屋は、先祖代々伝わるおむすび弁当を律義に出しながら攻めの姿勢を崩すことなく新しいメニュー開発に意欲を見せ、時折前衛的すぎる弁当を新発売しては大量に売れ残すという厄介な癖を持ちながらも黒字経営を続け、息子に店を譲って早々赤字転落して胸を痛めたりもしましたが、ひ孫が卒園式で「将来の夢はおにぎり屋さんになる事です!」と発表した動画を見て大いに感動し、106歳でこの世を去ったとのことです。
なお、最後の晩餐は息子の奥さんが作ってくれた嫁のレシピ通りの雑炊だったとのことです。




