(いいにおい)
アマガエル号は、ごく普通のキッチンカーである。
毎日美味しいクレープを販売するために市内を走行し、毎日のようにかわいい緑色のボディの前に立つお客さんと一緒に写真に納まる、齢8のキッチンカーである。
今日も今日とて、テレビで紹介されたおかげであっという間に品切れてしまい早々に閉店することになってスーパーの駐車場を出たあと、コンビニ併設のガソリンスタンドで給油をしようと車線変更をした―――のだが。
キイィイ!!キ――――イイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
アマガエル号の魂と…、女神が対面している。
「アマガエル号さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「ピッ、プー」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
────────
アマガエル号(8)
レベル38
称号:転生カー
保有スキル:(いいにおい)
HP:178566k
MP:50
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「ピッ、ピッ!!プー!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…キッチンカーの前に現れた!
「ピッ…ピッピッピ!!!」
少々注意を促す、キッチンカー。
スライムは戸惑いながらも様子をうかがっている。
「プー!(いいにおい)」
ほんの少し…キッチンカーに染み込んだ、クレープの甘い香りがしたような…。
うばほん!!
なんと、いつも美味しいクレープを焼いているご夫婦が召喚されてきたぞ!!
ご夫婦はいきなりの出来事に驚いているが、とりあえずいつものようにクレープを焼いて様子をみようじゃないかという話に…まとまったようだ!
「ぶわん!ゴー!」
換気扇がグルグルと回り出し、美味しそうなにおいが草原に広がっていく!!
旦那さんはレードルでクレープ生地をすくい、温まっている鉄板の上に流して自作のトンボを使って薄く伸ばし始めた。
コミュニケーションスキルがカンストしている奥さんは、初めて目にするモンスターの皆さんに笑顔と愛嬌と優しい言葉を惜しみなくふりまいて…すっかり打ち解けているぞ!
一番前に並んでいたスライムは、薄手のグローブを装着した奥さんに手渡された出来立ての生クリームチョコバナナクレープを受け取り、そっと一口かじってみた。
……何これ、めっちゃ…ウマーイ♡
ご夫婦のクレープの大ファンになったスライムは、行列の最後尾に並び直した!
他のお客さんたちと一緒に、大人しく順番を待っていたスライム。
そこに謎のグループが…うん?
ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおん!!!
なんと、モンスターの軍団を確認した勇者御一行が有無を言わさずに攻撃を仕掛けてきたぞ?!
危険を察知したモンスターたちは身をひるがえし、どでかいマグマの塊を避けた!!
だがしかし、ごく一般的な車であるキッチンカーは身動きすることができない!
緑色をしたかわいらしいキッチンカーは、中身のご夫婦ごと秒でケシズミになってしまった!
……あたりに焦げ臭いにおいが立ち込める。
ちょ!!
なんてことしやがる!!
怒り狂ったスライムは、黒焦げた表面を脱ぎ捨てピッチピチの猛毒肌をぷるんぷるんさせながら勇者一行をまる飲みした。
「ピーッ、ピーッ、ピーッ……」
キッチンカーは時間を巻き戻されて、コンビニ併設のガソリンスタンドにピットインした。
ガソリンの給油口キャップを開けられたあたりでちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
キッチンカーはコンビニ併設のガソリンスタンドで満タン給油をしたあと、家路についた。
最寄りの高速道路入り口付近で、車の暴走事故が発生していた。
「チッカ、チッカ、チッカ、チッカ……」
キッチンカーは、毎日居住している市内のスーパーを中心にめぐって毎日美味しいクレープをお客さんたちに楽しんでもらっていましたが、ある時から長距離移動ありきの出店形式になった事が影響し車体への負担が増え始め、丁寧なメンテナンスを小まめに受けていたものの稼働することが叶わなくなってしまい、クレーン車で11年ちょっと慣れ親しんだ駐車場に戻って来て、おじさんとおばさん、常連のお客さんたちと記念写真を撮ったのち廃車工場に運ばれたとのことです。
なお、リサイクルされて軽自動車に生まれ変わりキッチンカーと写真を撮ったファンの愛車になっていることは、だれも知らないとのことです。




