朝食は魔法のあとで
歯を磨き顔を洗うと一旦寝室に戻ってアクセサリーを付ける。
別にオシャレに目覚めたとか、宝石が好きになったとかじゃない。単純に付けてると楽だからだ。
指輪六つにブレスレット四つ、ネックレスが二本とイヤリング一組。
これらは全て元々がアーティファクトと呼ばれ、普通のマジックアイテムとは違って格段の性能を誇る。
普通のマジックアイテムは宝箱やモンスターのドロップ品から手に入り、ある程度の範囲内でランダムに効果が付与される。
例えば武器に付くダメージ増加の場合は+1%から+50%までで、通常これを超える事はない。
アーティファクトはまず普通の宝箱やモンスターのドロップでは手に入らない。
あるものはクエスト報酬で、あるものはダンジョンのボスや一定条件で強化されたモンスターを討伐する事で手に入る。
アーティファクトには固有の名前が付いており、付与された効果もランダム性は全く無くそれぞれ決まったものが付いている。
そしてその効果の強度は大抵が普通のマジックアイテムを凌駕する。先ほど例に出した武器のダメージ増加効果で言うと、+50%の枠を超えて+75%や+100%といった具合だ。
さて、そんな物があったら生産職はやっていけないんじゃないかと思うだろう。
割りとその通り。
鍛治スキルを上げて材料を揃えればマジックアイテムを作れなくもないが、やはりアーティファクトには負ける物しか作れない。
なのでアーティファクトが実装されてからしばらく間の鍛冶屋は初心者用の武具を作るか、耐久度の落ちたアーティファクトの修理をするだけの存在となった。
生産職不遇の時代である。
しかし元々生産職を選ぶプレイヤー達は大して気にせず、それぞれのロールプレイを楽しんでいた。
ある者は自作の装備だけで冒険に出かけ強敵に挑み、また別の者は実直にそれまでと変わらぬプレイスタイルを貫き通して一鍛治師として過ごし、トッププレイヤーとはまた別の名物プレイヤーとして名を馳せることになる。
私?私は特に有名でもなんでもない、単なるその他大勢として普通に過ごしていました。トッププレイヤーでも名物プレイヤーでもない、アカウント暦が長いだけの無名古参プレイヤーです。
生産職不遇の時代が終わりを告げるのはある日のアップデートである。
生産スキルによって、アーティファクトに更なるマジック効果の付与が出来るようになったのだ。
金属製の武器防具には鍛治スキル、布や皮防具には裁縫スキル、杖や弓は木工スキル、アクセサリーは細工スキル、といった具合に対応出来るスキルが違い、多岐に渡って生産スキルの需要がにわかに高まることとなった。
もちろんスキルがあれば簡単に強化出来るというわけがなく更なる苦難の道があるのだが、それはまた別の機会に。
私が身に付けているアクセサリーもアーティファクトとしての性能と私なりの強化を加えた一品物、だと思う。テストプレイで作った物がそのまま入っていたならそのはず。
そのおかげで腕力知力体力ヒットポイントマナスタミナなどのステータス大幅UP、攻撃速度UP、武器ダメージ増加、魔法ダメージ増加、被ダメージ軽減に、夜目が利く魔法のナイトアイとヒットポイント、マナ、スタミナの自然回復が強化される魔法のリジェネレーション。
把握してるだけでもこれだけの効果がある。
今のところ実感できるのは重い物が持てたり堅い弓の弦も引けるようになる腕力と、多少の運動をしても息切れしないスタミナ関連か。
マナ関連はマナというもの自体がよくわかってないので保留。
魔法は色々使ってみたけどマナが切れたとか減ったという感覚はなく、クリエイトゴーレムと強力な攻撃魔法以外は使えた。攻撃魔法は単純に試してない。怖いし。
そういえばドラゴンは魔法の同時起動、連続使用をしていた。ゲームの中でのドラゴンのマナはどれぐらいだっただろう。
なんにせよ、今の私はアクセサリーのおかげでちょっとしたヒーローか何かぐらいの身体能力はあるはずだ。たぶん。
まあ、それが実感できるような状況にはあんまり遭いたくないけどね。
今日も今日とて屋上で花壇と畑に水やり。
日に日に温かくなる今日この頃いかがお過ごしでしょうか。私は落ち込んだりもせず元気です。
うちの花壇は元々お花が咲き乱れていたのですが、気温の上昇と共に緑も元気に溢れ色濃くなり夕べの蕾も今朝は百花繚乱といった具合です。
畑に植えた人参は葉を大きく広げています。これは食べるようではなく、種を収穫したいので早く花をつけて欲しいのですがまだまだ先は長いと思います。そもそも人参の種ってどこに生るんでしょうね?
ジャガイモはようやく芽が出ました。え?いいえ違いますよ。畝から芽が出たんです。買い置きの芋から芽が出るなんてたましかしませんもん。
ジャガイモは備蓄がないのでこれが成長して増えてくれたらいいんですけど。どのぐらいで収穫なんでしょうね。小学校で芋掘りはしたことあるのですが、あれは既に育ったものを掘り起こしたのでタイミングがわかりません。探り探りやるしかないですね。
今思い出しましたが、マキシマスの世界にジャガイモはないと思ってたけれど、酒場のメニューでマッシュポテトはあったんですよね。なんで、マッシュポテトだけ?変なの。
それでは水やりも終えましたので、そろそろ食事の支度といたしますので妄想お手紙はここで締めさせていただきます。
私より、私様へ。かしこ。
あ、そうだ。今日はリホームで一階まで行っちゃおうかな。
変わらない日々日常は私が自らアクセントを付けていかないと変化が無さ過ぎて腐っちゃうよね。
ああ、ご飯だと思ったらお腹も起きてきた。今日は昨日のシチューがあるからすぐに食べられるぞ。
さあ行こうすぐ行こう。
リホーム!
ああ……。
ああ、なんてこと……。
なんてことをしてしまったんだ。なんて浅はかなんだ私は。
起き抜けだから?お腹が空いてたから?
うん。その通り。完全に油断してた。
私は玄関の前に腰掛けて、途方に暮れております。
はい。お察しの通り。
玄関の鍵、閉まってるんですよね。
そりゃそうだ。普段から閉めてるし、いつも寝る前に閉まってることを確認してるもの。
はあ。
気軽に帰還魔法なんて使うべきじゃなかった。
私の人生で三度目のピンチです。
一度目はここに初めて来た時。死ぬかと思いました。
二度目はアースゴーレムに囲まれて飛び出してドラゴンと対峙した時。死ぬかと思いました。
三度目が今。一見平和ですが、死ぬかもしれません。
ああ、内二回は帰還魔法でピンチに陥り、一回は帰還魔法で九死に一生を得てますね。全部帰還魔法がらみかー。
魔法なんて、気軽に使うものじゃないですね。
はあ。どうしよう。
扉をガチャガチャしてみたけれど開く気配はない。そりゃそうだよ。頑丈そうなかんぬきだったもの。鍵を閉めてるのに外から簡単に開く方が困るし。
そうだ!アンロックの魔法!…は魔法書がないから無理か。いや!リホームが出来るんだから試す価値はある!やってみる!
アンロック!
…………。
かざした手もむなしく声がやまびこだましただけだった。
だよね。
事態は急展開を迎える。いや、急展開というほどの速さはない。しかし動き出した。ゆっくりと、そして確実に悪い方向へと。
重い足音が聞こえる。徐々に大きくなって、近付いてきているのがわかる。
隠れるような場所はない。逃げる場所もない。
勝手に呼吸が激しくなる。自分の鼓動がうるさい。頭の奥の方がキンキンして意識が飛びそうになる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
ダメだ。落ち着け。恐怖に囚われて気絶なんかするんじゃない。
ゆっくりと息を整えて。
大丈夫。
大丈夫だ。
まだ足音は遠い。見える範囲に動くものはない。まだ大丈夫。
指輪にかかった魔法のおかげで、ランタンの光が届かない暗闇の中もよく物が見えてる。
これがあって良かった。何も見えない暗闇だったら恐怖心を無限に増幅させたことだろう。
とりあえず、寝巻きのワンピースを脱ぐ。スカートがひらひらしていたら動き難そうだ。それに汚れたり破れたりするのも嫌だ。夕べ縫ったばかりだし。
下に着ていたキャミソールとドロワーズの姿になって、ワンピースを丁寧に畳んで玄関脇に置く。
よし、大分落ち着いてきたぞ。
軽く準備運動をする。
良かった。ゲーム通りの下着じゃなくて。
あんな細い布を巻いたような裸同然の姿じゃ逆に動き辛い。
サンダルの紐を一旦解いてギュッと結び直す。
起きた時に寝室で履いていたスリッパは屋上に登る前に脱いで、サンダルに履き直している。土のある所にボアのスリッパは良くない。
トントンと足踏みをし、右に左にと足を伸ばして柔軟体操。
よし。準備も覚悟も完了。
普段の冷静さも取り戻せた気がする。
さあいつでもこい。
ほとんど裸一貫だけど、ただでやられるつもりはないぞ。
ズシャリ、ズシャリという音と振動が地面から伝わってお腹に響く。
はあ。色んな準備不足はさて置いても、せめて朝ご飯ぐらいは済ませておきたかった。




