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恋愛恐怖症  作者: 黒川 珠杏
【回顧録・水瀬編】
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招待状




「水瀬君、ちょっといいかな」


 課長から呼ばれ、応接室に招かれる。


 中に入ると課長以外は誰もいない。

 という事は、二人きりで話があるという事で。

 そういう状況の時はたいていあまり外部に漏らしたくない話がある、という事でもあり。

 状況的に、これがいい話なのか悪い話なのか分からず、緊張が走る。


 「まぁ、そこに座って」とソファーに座るように促され、課長の荷物がある方と逆のソファーに腰を下ろした。


 俺が座ると、課長は向かいのソファーに座り、書類ケースから社内便の封筒を取り出した。


「今回呼んだのは、社長からこれを君に渡すようにとの通達があってね」


 そう言って社内便の封筒の中から取り出したのは、小さな白い封筒だった。

 手渡された封筒は、触っただけでも紙質がいいのが分かり、金の箔でとある企業の名前が押されている。

 宛名面にはうちの会社の名前と『代表者様』の文字。


「開けてもいいですか?」

「もちろん」


 そう言って封を開けてみようにも軽い封かんではないようなので、封筒を破くほかないだろう。

 でも、この紙の質感からして無理矢理破り開けていいものではないと感じ、どうしようか思案する。


「あ、これ使う?」

「あざす」


 悩み固まったところに、課長がカバンからカッターを取り出してくれたので、ありがたく拝借する。

 封筒の折れ目に沿って中まで切らないようにスッと切れ込みを入れて中にある封筒と同じ質の紙を取り出すと、それは『招待状』と書かれていた。

 どうやら一か月後に上場記念パーティが行われる案内だった。


 って、パーティってなんだよ。次元が違う話じゃないか。


 本来であれば俺のような平社員ではなく、社長や常務などの上役たちが行くものだろう。

 それを社長が俺に渡せと言ったという意味が分からない。


「えー・・・と。課長、コレなんで俺なんすか?」


 思わず本音が出た。ついでに話ことばも砕けた。

 課長は俺が本音で話せる数少ない上司だ。

 あとは山手さんくらいだけど。


 噂で聞いたことはあったけど全然イメージができない企業パーティの世界。

 そこに絶賛人見知りの俺を送り込もうなんて人選ミスも甚だしい。

 正直面倒なことこの上ないし、素直に行きたくない。

 

 それに日付が・・・


「社長からのお祝い・・・というのが建前かな」


 お祝いの意味が違う気がする。

 俺には悪いようにしか思えないんだけど。

 どうせなら金一封がいいです。なんて、本音はさすがに口には出さない。


「お祝いですか?せっかくですけどお断りしたいです。

 この日『月命日』なんで、あまり『白鳥(ここ)』を離れたくないんですよ」


 とりあえず、もっともらしい理由を述べてみる

 これが社長直々だったなら、この気持ちをぐっとこらえて受ける以外の選択肢がないのかもしれない。

 遠回しに来たので断れたら幸いとばかりに、本音を隠してちょっとごねてみる。

 

「あ、そっか。まさかの日がかぶっちゃったかー。でも、社長も常務も君を指名しての事みたいだから、会社のためにも行ってもらいたいんだよね。どうしたもんかねぇ」


 『月命日』と聞いて、事情を知ってる課長も腕を組んで一緒に悩む。

 しかし、社長だけでなく常務までもが俺を指名しているとなると、この封筒一通の『重み』は格段に増して、封印したいレベルに思えてくる。


 そもそもなんで俺なんだよ。マジで。

 喜んで行きたいって人がいるなら喜んで譲りたいんですが。


「課長が行くとかどうです?」

「残念ながらその日、出張が入ってんの。常務のお供で東京くんだりだとさ」


 僕も選べるなら『招待状(それ)』を取りたいんけどね、と、深いため息と共に疲れた顔を見せるところから、本気で嫌なんだと伝わる。


 あ、もしかして、常務たちはそっちに行きたいから、適当なパーティは下の奴に任せようって魂胆なのか。

 でも、社長も動かないのはなぜなんだ・・・?


「でも、本来は社長が行くんですよねぇ?」

「まぁね。でも・・・まぁここだけの話、社長は近々本格的に引退されるんだそうだ」


 口の前に人差し指を立てて、口を禁じたという事は、まだほとんどの社員の知らない情報なのか、と胸に秘めて頷く。


「じゃあ尚のこと、次期社長の常務が行くべきでは?」

「そうなんだけどね。そこがよくわからないんだよ。なぜ他の誰でもなく、君を指名したのかはね。まぁ、この間のプレゼンを後で観て、君の事を気に入ったらしいってのは聞いたんだけどさ」


 嬉しくないなぁ。

 さすがに言葉に出すのは控えたが、喉から言葉が出かかっていた。


「山手さんに渡しちゃダメですか?」

「ダメだと思うよ。仮にも社長共々水瀬君を指名してるんだしね」

「ちなみに、ドタキャンもなしですよね・・・」

「もちろん。その日は名古屋に行って、名刺交換の挨拶して帰ってくるだけ。今回は特別手当も出るし、交通費も出る。自分の車で行ってもいいし、電車でもいいし。前日から向かったり、帰りが遅くなった時は宿泊代も出るらしい。直行直帰で何時に帰ってきてもいい」


 『特別手当』と聞いて少し揺らいでしまう。

 お金で動くわけではないけれど、ないよりはあった方がいいに決まってる。

 それに宿泊代や交通費まで全面支援とか、条件は良すぎる。

 それにしても、だ。


「これ・・・一人で行けって事、ですか?」

「一応ね。でも・・・んー、ちょっと『招待状(それ)』見せてくれる?」

「はい」


 差し出された手に、封筒ごと全て渡す。

 そのまま返品したい気持ちだったが、さっと目を通した課長は俺の前のテーブルに招待状を置いた。


「一応、ここに『同伴者可』となってるから、一人くらいは連れて行ってもいいだろうね。でも、みんなそれぞれに予定もあるだろうし・・・」


 顎に手を当てながら、部下の動向予定を思い出しているようだった。

 なら・・・・・・


「じゃあ、来生さんを連れて行ってもいいですか?」

「え?」

「どうせ同伴するなら女性が一緒の方が格好着くじゃないですか」

「それはまぁ、確かに。だがしかし・・・」

「それに来生さんなら、基本俺の同行が仕事ですよね。留守番となると逆に彼女用の仕事を作ることになるんですか?」

「うーん、まぁ・・・そう、だと言えばそうなんだよねぇ。でも、彼女には許可がない以上『特別手当』も『残業』も何もないよ」


 俺の提案に課長が腕組みをし直し苦虫をかみつぶしたかのようにうなる。

 課長が言わんとしている事はわかる。


 彼女は『社員』じゃない。


 だけど、自分の中で見つけた『条件』。

 咄嗟に口に出してしまったけれど、俺自身、『彼女』が一緒なら・・・受けるのも有りだと思ってしまった。


 おそらく『仕事』だと言えば、彼女は従うだろう。

 でも、それはずるいとも思う。


 今のところ、彼女から予定があって休むとは聞いていないけれど、定時外の予定まではわからない。

 すでに予定があって行けないと言われたらそれまでだし、彼女がそれを『自分の会社』に不満だと訴えればこちらとしては引くしかない。


 行く場所が遠いのもあり、本来の勤務時間以上の時間を拘束することになる可能性もある。

 それに、俺の自己都合で彼女を振り回してしまう。


 ・・・それでも。


 ふと、先日の彼女の笑顔が浮かんだ。


 ぎゅっと、こぶしを握り締める。

 やっぱり、譲りたくない。


「俺が責任を取ります。お願いです。来生さんを同伴者として許可願います。でなければ、俺はこの仕事は受けられません」


 真っ直ぐ、課長の目を見て訴えた。

 これで許可が降りなければ、俺も本当に降りる気でいた。

 たとえそれが降格につながるとしても。


 はぁ・・・、と課長が深い溜息を吐く。


「わかった。今回は無理を言う事もあるから、僕も責任を持つよ」

「え・・・?」


 一瞬、理解ができなかった。


 つまりは。

 課長が折れたという事は・・・・・・。


 え?


「だから、来生さん連れて行っていいよって事。

派遣会社(あちらさん)』にはうまく言っておくから、水瀬君は来生さんにちゃんと伝えるんだよ」

「え、本当にいいんですか?」

「君に行ってもらわないと困るのも確かだからね。今回は特例って事で。

 いつも『月命日』はツラいんでしょ?」


 ・・・あ。


 その瞬間、母の顔が脳裏を過った。


「あ・・・りがとう、ございます」


 喉が異様に乾いているかのように、声を出すのがつらかった。

 下を向いて、招待状を手に取って確認をするだけなのに、なんだか目が熱くなっている気がする。


 何故かはわからない。

 でも、すごく救われたんだと思った。


 この人の部下で・・・良かった。

 

「そうそう。ドレスコードがあるから、そこもちゃんと来生さんと相談するんだよ」

「え、ドレスコードってなんすか?」

「んーと、・・・確かパーティ用の正装?」

「え?男も必要なんすかそれ?」

「そうだよ。ちゃんとした形式のパーティだからね。普段の仕事に来て来るスーツよりも、ちょっと華やかな格好じゃないと逆に浮くから。そこんとこヨロシク」

「ええっ!俺にそんなの分かるわけが・・・」

「ははは、だよねぇ。んー、まぁ、そこんとこは僕に心当たりあるから、ちょっと打診しとくよ」

「それなら是非、あまり派手すぎない方向でお願いしますと伝えてください」

「どんなのをイメージしてるかわかんないけど、わかった」


 この人にはやはりかなわないと思いつつも、来生さんとの同伴の許可を得られたことの方が大きいと思う。

 それに、ドレスコードと言ってもサッパリなので、自分で何とかしろと言われてしまっては困るところだった。

 普段のシャツやネクタイとかでさえ、ほぼ姉さんのセンスなのに。


 それに、人一倍人見知りの俺の事だ。

 ただでさえ縁のないきらびやかな世界。

 社命だからとたどり着いたとしても、きっと一人では足がすくんで、名刺交換なんて今まで以上に大役感を感じてしまい無理だっただろう。

 しかも、精神的に不安定になりやすい『月命日』も重なっての事。

 会社の顔を務められるかどうかなんて、受けた今でもまったく自信はない。

 でも、不思議と彼女がいれば何とかなりそうなのは、これまでの仕事でも同じで。


 彼女がこんなに心強い存在になっていると思わず、そんな人と出会えたことに今更ながらありがたく思う。

 手にしていた紙に視線を落として、彼女との時間を思い描く。

 私服姿とも仕事の姿ともちがう華やかな姿の彼女なんて想像がつかない。

 俺は派手でなくてもいいけれど、彼女が華やかに着飾る姿は見てみたい。

 

 先程まで嫌だ面倒だと思っていた事が、徐々に楽しみに思えてきた。

    

「ただ・・・」


 ちょっと考え込んでいた課長が、言いにくそうに口を開く。


「ハメ、外しすぎちゃだめだよ」

「はい?」


 何のことだろう?


「まぁ、水瀬君なら大丈夫だと思うけど。仮にも女性と一緒に長い時間行動するからね。常に平常心で紳士で居続けるように心がけて。大変だろうけど健闘を祈ってるよ」

「紳士ですか・・・。が、がんばります」


 課長からの意外に重い言葉にひそかに胸をどきどきしてしまう。

 ここはやはり紳士的な振る舞いってのを勉強しなくては、と頭を巡らせながら、やはりどこか楽しみで。


 これまであまり感じることのなかった浮わついた感情が自分の中に芽生えてることにも、この同伴が本当に正しかったかどうかも、この時の俺には知る由もなかった。




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