第6話:佐倉、ここは君の来る場所じゃないよ
第6話です。
踏み込みすぎた後輩を、大人の余裕(という名の拒絶)で押し戻そうとする九条。
切ない「扉越し」のシーン。凛のポジティブな根性が見どころです。
翌日、九条さんとの間に流れる空気は、昨日までとは明らかに違っていた。
彼はいつも通りに出社し、いつも通りに指示を出し、いつも通りに微笑んでいる。
けれど、その「いつも通り」が、今の私にはあまりにも不自然で、鉄壁の壁に見えた。
「――九条さん、昨日の修正案、確認をお願いします」
私がデスクへ近づくと、九条さんは画面から目を離さずに言った。
「そこに置いておいて。後で見ておくから」
「でも、急ぎだって……」
「わかってる。……佐倉、悪いけど今は少し手が離せないんだ」
一度も、目が合わない。
物理的な距離は昨日と同じなのに、心理的な距離が何十キロも引き離されたような感覚。
これが、九条さんの「反撃」なのだ。
踏み込んできた私を、彼は拒絶するのではなく、徹底的に『部下の一人』として扱うことで、元の場所へ押し戻そうとしている。
定時後。
彼が再び席を立った。向かう先は、あの喫煙所。
私は迷わず後を追った。
ガラス扉を開けようとしたその瞬間、九条さんの手が、扉の内側からハンドルを押さえた。
「佐倉。……ここは君の来る場所じゃないよ」
扉をわずかに開けた隙間から、彼が静かに、けれど拒絶の色を隠さずに言った。
「九条さん、私……」
「昨日も言ったはずだ。ここは『大人』が逃げる場所だ。まだ真っ白な君が、わざわざタバコの煙を浴びる必要はない」
そう言って、彼は私の目の前で、ゆっくりと扉を閉めた。
カチャリ、という小さな音が、まるで心の鍵を閉められた音のように響く。
ガラス越しに見える九条さんは、背を向け、すぐにタバコに火をつけた。
白い煙が彼の姿をぼやけさせる。
寂しい、と思った。
でも、それ以上に、私の胸にはふつふつと熱いものが込み上げてきた。
「……真っ白じゃないです、私」
閉ざされた扉に向かって、小さな声で呟く。
私が九条さんの色に染まりたいと思っていること、彼はまだ、これっぽっちも分かっていない。
突き放されるほど、燃え上がる。
私の恋は、そんなに簡単に追い出せるほど、お行儀良くないんです。
私は拳を握りしめ、背を向けて歩き出した。
明日、どうやってその扉をこじ開けてやるか。
それだけを考えて。
お読みいただきありがとうございました!
「ここは君の来る場所じゃない」というセリフ。
突き放しているようでいて、実は「自分は汚れているから、君を巻き込みたくない」という九条さんの自己評価の低さも滲ませてみました。
次回、第7話は「大人な彼が、不意に見せた溜息の価値」。
突き放された凛が、予想外の角度から九条さんの「隙」を突きます。
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