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誰にでも優しい九条さんの、私だけの特権。~「いい部下」をやめた二十六歳の攻防戦~  作者: 寝不足魔王


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第4話:非喫煙者の私が、喫煙所に行く理由

第4話です。

ついに聖域(喫煙所)への突撃。

「おじさん」と自称して線を引こうとする九条と、それを許さない凛。

密室での攻防戦をお楽しみください。


 この会社の喫煙所は、フロアの隅にある重いガラス扉の向こうにある。

 タバコを吸わない私にとって、そこは本来、一生縁のない場所のはずだった。


 ――でも。

 定時を過ぎ、少しだけ人影がまばらになったオフィスで、九条さんが席を立つのを見た瞬間、私の足は無意識に動いていた。


 手には、先ほど自販機で買ったばかりの冷たい缶コーヒーを一つ。

 扉を開けると、独特の香りと微かな煙が視界をかすめる。


「……佐倉? どうした、こんなところで」


 一番奥の窓際。

 銀色の灰皿の前に立ち、細い煙をくゆらせていた九条さんが、驚いたように目を見開いた。

 眼鏡を外し、ネクタイを少し緩めた姿。

 デスクで見せる「完璧な上司」とは違う、どこか無防備で、退廃的な色気がそこにはあった。


「九条さん、お疲れ様です。……これ、差し入れです」


 私が差し出した缶コーヒーを見て、彼は苦笑した。


「ありがとう。でも、ここは煙いよ。タバコ、嫌いじゃなかったのか?」

「……嫌いじゃないです。九条さんの匂いなら」


 自分でも驚くほど、素直な言葉が出た。

 九条さんの指が、ぴくりと止まる。

 彼は吸いかけのタバコを灰皿の縁に置き、私をじっと見つめた。


「佐倉、そういう冗談は……あまり、おじさんを揶揄うもんじゃない」

「冗談じゃありません。……私、九条さんのことをもっと知りたくて、ここに来たんです」


 狭い喫煙所。

 換気扇の回る音だけが響く密室で、心臓の音がうるさいほど鳴っている。

 九条さんは深く溜息を吐くと、灰皿にタバコを押し付けて消した。


「ここは、大人が逃げてくる場所だよ。君みたいな若い子が、無理して合わせる場所じゃない」


 そう言って彼は私の横を通り過ぎようとした。

 でも、その時。

 すれ違いざまに、彼のシャツの袖から、昨夜感じたあの「煙草と清潔な柔軟剤」が混ざった香りが強く鼻をくすぐった。


「逃げる場所なら、私と一緒に逃げてください」


 思わず伸ばした手が、彼のスーツの裾を掴んでいた。

 九条さんの背中が、硬直したのがわかった。


 適切な距離。完璧な上司。

 その境界線の向こう側に、私は今、強引に片足を突っ込んだ。


お読みいただきありがとうございます!

タバコの匂いを「好き」と言われた時の九条さんの動揺、伝わりましたでしょうか。

「おじさんを揶揄うな」というセリフは、実は自分に言い聞かせている防衛本能でもあります。


次回、第5話は「灰皿越しに、一度だけ目が合った」。

さらに踏み込む凛と、揺れる九条の視線の行方は――。


続きが楽しみ!と思っていただけたら、ぜひ応援よろしくお願いします!


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